155話 横取り行為

「別に私有地ってわけじゃないんだし、誰かが入ってることもあるんじゃないか?」


 俺が問いかけると、マルレーンが岩陰にあった焚き火の跡を見ながら答える。


「えっと……この森はトレント以外にほとんど魔物がいなくて、いてもお金にならない魔物ばかりで……冒険者からは人気がないんです。それにトレントは寒くなってくると弱体化しますから、トレント目当ての冒険者が今の時期にやって来ることはめったにありません。私はこの森のそういうところが気に入ってるんですけど……」


「つまり今、森に入っているのはエルダートレント目当ての冒険者の可能性が高いってことか」


「は、はい、そうなんです。木こりさんが森に入ることはありますけど、木こりさんなら馬を連れてますから……」


「なるほど。まあギルドの中でバジにトレントについて詳しく聞いてたから、聞き耳を立てていた連中もいたかもしれないけどな」


 さすがに『ファーロスの森に出たエルダートレントを狩りに行くんだ!』と騒ぎ立てたわけではないが、この辺りでトレントがいるのはこの森くらいのようだし、アタリを付けた勘のいい連中がいてもおかしくない。


「でも向こうからすれば指名依頼じゃないし、狩れたとしても報酬は普通にギルドで買取される分だけだろう? そこまでしてやる必要あるのかね」


「依頼人を探し出して、直接交渉する人もいます。『見つけて倒した魔物を高く買い取ってくれる人を知らないか?』って。こう言われたらどうしようもないです。でっ、でも、横取り行為は……よくないことだと思いますっ!」


『他人の依頼をかっさらうなど、労働者の風上にもおけんヤツじゃな! イズミ! こんな無法を許してはいかんぞ!』


 珍しくマルレーンが不機嫌な顔を浮かべ、それにヤクモも続いた。


「よし、それじゃあ俺たちも急いでエルダートレントを探すことにするか」


 と、足を踏み出したところでマルレーンから声がかかった。


「……ちょっ、ちょっと待ってください。トレントは木に擬態をしているので、慌てると見過ごす恐れがあります。それに変に競合すると、余計ないさかいになるかもです。なにせ相手は横取り行為をするような冒険者ですので……」


「あー……。たしかにそうかも」


 マナーのなってない連中なら、何をしてくるかわからんな。エルダートレントと戦闘中、ようやく弱らせたところを背後から襲われる――なんてこともあるかもしれない。


「それじゃあゆっくり行くか。依頼よりもまずは安全第一だ」


「す、すいません。もっと急ぐべきでした……」


「なに言ってんの。急いだってたかが知れてるだろ。この連中は俺たちよりも先に出発してそうだし」


 岩陰の焚き火はパッと見た感じ、今朝に消されたくらいに見える。昨日の夜には到着していて、朝になって森に入っていったんだろう。もう六時間くらいは経っていそうだ。


「まあ、お手並み拝見といこうか。俺たちは休憩してから森に入ろうぜ」


 なんだかんだでここまで歩きっぱなしだからな。


 俺たちはしばらく休憩して移動の疲れを癒やし、それからゆっくりとファーロスの森に侵入したのだった。



 ◇◇◇



 ファーロスの森は木や藪が鬱蒼うっそうと茂っており、視界はあまりよくない。いかにもトレントなんかがいそうな森だ。その辺に生えている木ですら、急に動きだしそうでちょっと怖い。


 トレントは人間が近づくと、無防備な隙を狙って擬態した枝で攻撃してくるらしい。空間感知があれば大丈夫だと思うので、しっかり警戒しよう。


「マルレーンはトレントと戦ったことはないんだったよな?」


「はい、トレントはよく見ればわかるので自分からは近づきません。私はこの森の中で一日中過ごしたこともあるんですけど、トレントは足が速くないので警戒結界にひっかかったらすぐ逃げられますし」


 普段猫背のマルレーンが珍しく自信ありげに胸を張り、ローブに隠れた胸がたゆんと揺れる。


 うーん、森の中ではマルレーンパイセンは実に頼りがいがあるな。アレサはこういうところも見越してマルレーンを推薦したのかもしれない。


「それにしてもアレだよな。C級推奨のエルダートレントを横取りしようとするくらいだから、向こうの連中はよっぽど腕がいいのかね」


「それはどうでしょうね……。さすがにC級の冒険者が依頼の横取りをするとは思えませんし……。C級推奨と知らないか、もしくは私みたいなE級と、そ、その……イズミさんみたいなF級の二人が狩りに行くということで、エルダートレントを見くびってる可能性もあります」


 それはあまりに頭が悪くないか? と思わなくもないけれど、前の世界でも自分の常識では考えられないような頭の悪そうな事件は頻繁にあって、よく世間を騒がせていたからな。この世界でも似たようなもんなんだろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、【空間感知】になにやら反応があった。


「あの木の陰に何かいるな……。魔物だと思う」


「この辺りなら、ワイルドラットかもしれません。尖った歯で攻撃してくるF級推奨の魔物です」


 マルレーンが杖を構えながら呟く。


「それじゃあ、ちょっと試したいことあるから、俺に任せてくれるか?」


「はっ、はいっ」


『イズミ、を試すのか?』


『そうだよ。ヤクモも下がってな』


 俺はヤクモに軽く返事をすると、地面の石ころを拾って魔物の隠れてる木に向かって投げつけた。

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