237話 すべてはスキルのために
同じくララルナに気づいたママリスが、優しい声で語りかける。
「あらあら~ララちゃん。今夜はこちらでお眠りになりますか~?」
「……ん。そうする」
「は~い、それではモブちゃん、案内してあげてね~」
「はい、母上。それでは姫様、こちらへ」
ララルナを別室に促すモブググ。だがララルナは目をしょぼつかせながら、ふるふると首を振った。
「お布団、いらない。イズミ、
「……お前、本当にアレが気に入ったんだな……」
俺はボヤきながらストレージからキャリーワゴンを出してやる。その中にいそいそと乗り込むララルナを見て、ママリスが目を丸くした。
「まあっ、収納魔法……。それに、なんとも変わった寝具……。人族の間ではこういうのが流行っているのかしら~?」
「いやー、ははは。まあそんな感じですかね?」
適当にお茶を濁して答える俺。そしてララルナはキャリーワゴンの中で丸まったまま、むにゃむにゃと口を動かす。
「モブ……、寝室まで連れていって」
「はっ。ええと、これを引っ張ればよろしいのですか?」
「ん」
モブググはおそるおそるキャリーワゴンの取手を手に取ると、そのまま引っぱって別室へと歩いて行く。
部屋から出る間際、車輪が動くゴロゴロという音に混じってララルナの声が漏れ聞こえた。
「イズミ……黙って帰ったらイヤ……」
そう言い残し、部屋から出ていく二人。するとママリスが頬に手を添えて嬉しそうに顔をほころばせた。
「あらあら~。イズミ君、ララちゃんもそう言っているし、今日くらいは泊まっていったらどうかしら? 逃げるにしても報復するにしても、一晩くらい考えてから決めればいいと思うの~」
「報復する気はないですけど……。そうですね、黙って帰ったらまた泣かれそうなんで、とりあえず一晩お世話になります」
「ええ、ええ。ぜひともそうしなさい~。普段は私とモブちゃんしか住んでないから、部屋はたくさん空いてるわ~。好きな部屋を選んでちょうだいね~」
「え、そうなんですか?」
「あら? なにかおかしいかしら~?」
「いやララルナが乳兄妹って話ですし、ララルナと同世代のお子さんもいるんじゃないかなって思ってたんですけど」
母乳が出るってことはそういうことだからな、常識的に考えて。
「ああ……そうよねえ~。普通はそう思っちゃうわよね~」
だがママリスは納得したようにポンと手を打つと、その手のひらで自分のおっぱいを持ち上げた。たゆんと揺れて形を変えるおっぱい。超弩級の迫力である。
「きっとこれは神様が私に授けてくれたものなんだと思うんだけど……。私、赤ちゃんを生んでいなくても、ずっとお乳がでる体質みたいなの~。それでね、これはきっと縁起がいいぞーって、村で子供が生まれるとよく乳母を頼まれるのよ。ララちゃんもその一人ってわけね~」
前の世界にも男女問わず乳が出る体質の人はいたような気がするけれど、乳母をこなすレベルというのは初めて聞いた。さすが異世界。
さらにママリスが言うには、上の子たちは新しい村に移住し、最後に生んだのはモブググなんだそうだ。ママリスは愛おしげに自分の胸を見つめていた視線を俺に向けると、いいことを思いついたように、ぱあっと顔を明るくした。
「そうだわ~。もちろん今でもお乳は出るんだけど、イズミ君もよかったら飲んでみない~?」
ママリスは手のひらで支えたままのおっぱいをずいっとこちらに向ける。
「えっ!?」
思わずおっぱいをガン見する俺。ちょっとお茶でも飲んでく? 並に気軽に言われて困るんだが、さすがに授乳プレイというのは俺にはハードルが高い。
これは断るべきだろう。そう思い、口を開きかけたところで、俺の頭の中に天啓が降りてきた。
――これはどさくさに紛れてママリスのスキルを習得できる、絶好の機会なんじゃないか?
ヤクモを看破した何か、それにさっきからずっと部屋を照らし続けている光球、どちらも非常に興味がある。
そうだ、俺は授乳プレイがしたいのではない。純粋にスキルをゲットしたいだけなのだ。それならこの機会を逃さないほうがいいんじゃないか? そうだ、すべてはスキルのために……!
ふいに喉の乾きを感じた俺はゴクリとツバを飲み込む。そしてママリスに答えようと口を開き――かけたところで、ママリスがころころと笑った。
「うふふふふ、なんちゃって~。こんなお婆ちゃんのおっぱいなんて興味ないでしょうしね。あっ、モブちゃんおかえりなさい~」
「はあ、母上なにを言っておられるのですか……。いつもお戯れもほどほどになさってくださいと言っているでしょう? おい、イズミ。今夜はここで寝るのであろう? 寝室を用意してやる、ついてこい」
「おっ、おう……」
「うふふ、おやすみなさい~」
ひらひらと手を振るママリスに見送られ、俺はモブググの後ろについていった。モブググはまったく本気にしていないし、どうやら今のはママリス定番の冗談らしい。
ほっとしたようながっかりしたような気分でモブググの背中を眺めていると、ヤクモが念話を届けてきた。
『エルフ族は顔付きは人族の若い頃とさほどかわらんのじゃが、歳を取ると耳がどんどん垂れ下がっていくのじゃ。あのボインボインはかなり耳が垂れておったからの。結構な歳だというのは違いあるまい』
『はあ、なるほどなあ』
『じゃがお前はやる気だったのじゃろ? せっかくのスキル習得の機会じゃったのに残念じゃのう。じゃが、それはそれとして、あのボインボインのスキルは絶対ゲットするのじゃぞ!』
授乳プレイを許容する神様ってどうなんだと思わないでもないが、そういや初めて会ったときもまぐわえまぐわえ言ってたし、意外と性的なことには寛容なんだよな、コイツ。
『おう、スキルは明日にでもなんとかしようぜ』
おっぱいはともかく、スキルは本当に気になるもんな。絶対ゲットせねばなるまい。
そんな決意をしたところでモブググが急に足を止めた。いつの間にか俺たちは通路の一番奥まで来ていたようだ。目の前には一枚の扉があった。
モブググは扉を開いて持っていたランタンで部屋に明かりをつけると、中の物は好きに使っていいと言い残して、すぐに部屋から出ていった。
部屋の中にはしっかりとした木製のいいテーブルとベッドが置かれており、ベッドの上にはすでにふかふかの布団が載せられていた。先に準備しておいてから俺に声をかけたのだろう、なかなかやる男である。
よく思い返せば最近はテント生活で、まともなベッドは久々だ。俺はベッドに横たわると、思った以上に体も心も疲れていたのか、あっという間に眠りについたのだった。
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