44話 狩人

 外が夕暮れに染まりつつある頃、診療所にやってきたのは男女ペアの狩人。狩人だとわかったのは二人とも矢筒と弓を背負っていたからだ。今日の狩りを終え、そのままやってきたのだろう。


 一人は中学生くらいに見える少年で、もう一人は少年よりも背が高いスラッとした女性。姉ちゃんと弟といった雰囲気を感じた。


 しかしお互いに自己紹介をしたところ、きょうだいなのは合っていたが、姉弟ではなく兄妹だった。兄は二十歳、妹は十六歳らしい。どちらもそうは見えないけど。


 そして患者は妹さんの方だった。ここ数日、寝てもまったく疲れがとれずに体もあちこちが痛むらしく、一度診てほしいのことだ。兄貴は妹さんの付き添いらしい。


『おい、こやつらは期待大じゃぞ。こういう手に職を持ってる連中はスキルを持っていることが多い。しかも狩人じゃから、魔物狩りにも最適じゃ。イズミよ、妹だけではなく、兄のほうにもなんとかして触れるのじゃぞ!』


 興奮気味のヤクモに俺は頷いてみせ、まずは兄貴に触ることにした。俺は棚にある砂時計を取り出し、兄貴に差し出す。


「すいませんけど、この砂時計、俺が妹さんの施術を始めたら裏返してくれますか?」


「ん? ああ、わかった」


 そうして兄貴に砂時計を渡すときに、かすかに手と手が触れさせる。これでOKだ。


「それじゃあちょっと準備してきますんで、妹さんはそこのベッドにうつ伏せになっててくださいねー」


 本当は準備なんかは必要ないけれど、妹さんに触ると表示されたスキルが上書きされてしまうからな。俺は隣の部屋で準備運動をして身体をほぐすフリをしながら、ツクモガミを起動させた。そして順番に見ていくと――


【スキルポイント】74

《現在習得可能な身体スキル》

【弓術】

《現在習得可能な特殊スキル》

【遠目】【解体】


 ヤクモの言うとおり、ようやくそれっぽいのがきた気がする。まずは気になる【遠目】をタップしてみる。


《遠くの景色が見れるようになるスキルじゃ。これは良いものじゃぞ! スキルポイント10を使用します。よろしいですか? YES/NO》


 もちろんYESだ。さっそく【遠目】を覚え、さらにヤクモに勧められるがままに弓術も覚えた。こちらの消費スキルポイントは15だ。【解体】は獲物を解体するスキルのようだが、とりあえずは後回しだな。


 そうしてホクホク顔で施術室に戻り、施術を開始することにした。


「それじゃあ始めますねー」


 ベッドで横たわる妹さんに触れる。妹さんの持つスキルが気になるところだけれど、施術が先だ。疲労がぜんぜん取れないって話だったんだが……ふんふん、なるほどなるほど。


「あー。全身凝ってますね~。それに痛めたところを庇おうとして、別のところも痛めたんじゃないですか? これは一度完全に整えてあげないと、体調が戻らないかもしれませんね~」


 そう言いながら俺が妹さんの体に覆いかぶさるようにして、強めにツボを押そうとした、その瞬間、


「お、おいっ、なにをするつもりだっ!」


 兄貴から鋭い声が飛んできた。歳のわりに大人っぽい美人さんだし、心配する兄貴の気持ちもわからんでもないがね。


「ご心配ならそこで見ててくださいね。それじゃあいきますよ~」


 俺は首筋から肩甲骨にかけてのツボをぐりぐりと押し始める。ん~、やっぱりめっちゃ凝ってるな~。


「んっ……あっ……」


 俺がツボを押すたびに妹さんの口から声が漏れる。するとまた兄貴がやいやいと声を上げた。


「お、おいっ、お前っ! 変な所を触ってるんじゃないだろうな!」


「なにいってるんすか、お兄さんも見てるでしょ? ツボを押してるだけですよ。声も出ることがありますって。……はい、それじゃあここから、少しずつ下の方を押していきますねー」


「おい! 下の方ってお前な!」


 あーうるせー! そりゃあ妹さんは美人だし、背が高くてスタイルもいいとは思うよ? でも俺だって仕事モードに入ってるんだ。やましいことなんて……ほんの少ししか考えてないんだよ!


 そんな俺の心の叫びが届いたのか、うつ伏せの妹さんが口を開く。


「に、兄さん。あたし、大丈夫だからちょっと黙っててよ……」


 今までずっとだんまりだった妹だが、さすがに兄の物言いにたまりかねたようだ。そうだよ、もっと言ってやってよ。


「しかしだなあ……」


 そうボヤきながら、兄貴は隣に顔を向ける。そこには目をギンギンにして、前のめりでこちらを窺うサジマ爺さんがいた。爺さん、あんたのせいかよ。


 だが妹さんは、冷静に言葉を続ける。


「兄さん、この人……イズミさんの仕事にケチをつけるのは、あたしたちが狩りで素人に物知り顔で言われるのと同じだと思う。その仕事の専門家に兄さんが口を出すのは間違ってる」


「む、むうう……。わかった。イズミとやら、すまなかったな……。もうなにも言わないから、妹を頼む……」


 妹さんに言われたのが効いたらしく、兄貴はがっくりと肩を落とすと、そのまま俺に向かって頭を下げた。


「わかってくれればいいんすよ。それじゃあいきますね~」


 こうして今日も診察所に艶やかな声が響き渡ったわけである。



 ◇◇◇



「ちょっと凝りが深いんで、また二、三日したら来てくださいね~。あとお仕事も適度に休むことをおすすめしま~す」


 我ながら指圧をするとなんだか胡散臭い口調になってしまうことに疑問を覚えつつ、狩人兄妹に声をかけた。


「はぁ、はぁ……イズミさん、また……よろしく」


 まだ身体に力が入らないのか、壁に手をつけながら妹さんが頭を下げる。


 それを心配そうに兄貴が見つめ、二人は診療所から出ていった。聞いたところ、やはり体調に異変を感じてもロクに休みを取らずに狩りを続けていたらしい。


 最近は狩りの結果が芳しくないようで、それが激務に拍車をかけてたようだ。でもまあ、お仕事はほどほどにがんばろうね。


 二人を見送った後、椅子に座りながらツクモガミを起動させて妹さんのスキルをチェックする。身体技能は兄貴と同じ弓術があった。そして特殊技能の方には、


【スキルポイント】49

《現在習得可能な特殊スキル》

【聴覚強化】


《よっしゃ! これじゃこれ! 聴覚が鋭敏になり、遠くの物音も聞こえるようになるぞ! ほれ、はよう覚えよ! スキルポイント10を使用します。よろしいですか? YES/NO》


 ヤクモが大興奮している。まあ狩人なんかしていると、獲物を探すのにも使えるスキルなのかもしれないな。さてポチッと


《スキルコンボ発生》

《イーグルショットを習得可能になりました》


 おっ、壁抜け以来のスキルコンボが発生したぞ?

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