#19 嫌われたかと思った


"Selene coあなた akranti nyey? Pa, cene niv co firlex私の文字が mi'd lyjot理解できない lys?"


 ほう、多分文字が本当に理解できていなかったのか?と訊かれているのだろう。前回の学習ではいくつか文字を勉強しただけなので、そりゃ全部読めるようになるわけがない。インド先輩も「ブラーフミー系文字の習得には日々の不断の努力が必要である」と言っていた。良く分からないけど。


"Ja, ja.そうそう Mi firlex niv lyjot.俺は文字が分からない"


 シャリヤはそれを聞いて、またうーんうーんと唸りながら考え始めた。遂に翠に"Mili.待ってて"と言い残して、部屋を去ってしまった。

 文字一つ教えることがそんなに難しいだろうか。


(文字か……)


 インド先輩が言うに地球の文字体系というものは、主に五種類に分類されるらしい。

 まず、一つ目に文字が語や形態素……?を表す表語文字。漢字が代表的なものでヒエログリフの一部や西夏文字、マヤ文字もそうらしい。漢字が音を表すのではなく意味を表しているのは漢字文化圏という単語によく出ていて、「日」という一文字と中国語の方言のそれぞれやその古い音や日本語の音、朝鮮漢字音やベトナム語の漢字音など様々な読み方が存在するらしい。一番覚えるのが面倒で、発音の日本語のようにいくつもあるとなると凄く覚えるのが面倒だ。実際、アメリカのとあるお役所が英語のネイティブスピーカーにとって極めて習得が困難な言語と認定したらしいのも納得がいく話だ。だが、前回の異世界語学習でみたようにこの文字はそれぞれ音を表していたので表語文字ではないという確証は得ている。

 次に音節文字、文字が音節という音のまとまりを表す文字のタイプだ。カタカナ、ひらがなが身近で、アメリカのチェロキー語という言語に使われるチェロキー文字は形は英語につかうアルファベットとよく似た形だが、これもᎳᎵᎷᎴᎶで「らりるれろ」というように一つの音の塊を表していると聞いた。それぞれの文字が独立して音節を表すから、表語文字までとは言わずとも非常に覚えづらい。ただ、ハングルなどの結合音節文字は元々の構成要素が少なく、それを組み合わせるだけで良いので覚えやすいらしい。どうやらインド先輩は東洋言語に酷いトラウマを持っているようで、それ以上聞こうとすると「東洋言語の話をすると、この古傷が痛むんだ…………あっあっ!お前!古傷を普通話Pǔtōnghuà発音するんじゃない!やめろ!うわあああああああ!」と発狂して教えてくれなかったので、音素が覚えやすいとは何のことなのか詳しくは分からなかったが、多分覚えにくいところがあったのだろう。これも、前回の文字学習と照らし合わせてみると何か違う感じがする。

 三つ目に、アブギダ。音節文字に似ているがちょっと違うらしい。確かに基本的には音節を表すらしいのだが、ある基礎的な形を書くと、音声上ではその形で表される子音に決まった母音が続くものとして読まれ、その基礎的な形に色々符号を足すことで様々な母音や無母音を表すことが出来るという文字体系らしい。インド先輩の第二の故郷インドのタミル・ナードゥ州で話されるタミル語が使うタミル文字はどうやらこの文字体系の分類に相当するらしい。基礎的な形"ப"は「ぱ」と読まれ、その派生的な形であるபி பு ப்はそれぞれ「ぴ」「ぷ」「p」と読むと教えてくれた。東洋言語の話をした後の話で、この後インド先輩はタミル語に関して34時間話し続けた。

 …………さて、四つ目はアブジャド。聞きなれない単語だが、アラビア文字が代表的なそれらしい。インド先輩の友人の先輩がまた教えてくれたことだが、アラビア文字は特別な用途クルアーンとか以外では実は母音を表記しないらしい。良く分からないが、そっちのほうが言語の構造に合うとかなんとかいう話らしい。文字学習と照らし合わせると当然違うことが分かる。なぜならあの文字には母音字があったからだ。

 五つ目はみなさん大好きアルファベット。ギリシャ文字からラテン文字、キリル文字から中二病御用達のルーン文字まで、子音と母音とが分けて表される文字体系のことをアルファベットと言うらしい。その話を聞くまでてっきりアルファベットとは英語を書くために存在する文字だと思っていたのだ。それはさておき、文字学習の結果と照らし合わせると、アルファベットが一番それらしく思えてくるのではないだろうか。


 やっぱり、簡単に教えられるはずのアルファベットを教えるためにあれほど悩むというのもおかしいことだ。教えてもらおうとしたときに言った異世界語が間違ってて、シャリヤに変なことを言ってしまった……?それでシャリヤが部屋から出て行って、レシェールに報告しに行ったとか……?


(この八ヶ崎翠、さっそく異世界人に嫌われたのか!?)


 想像をすれば悪いことが間欠泉のように噴き出してくるが、そんなことを考える間もなくシャリヤが入ってきて、手に据えて持って帰ってきた一つの本を見せてきた。


"Krantielyren aziuk'it luso p'jel coあなた la agvir'c, la hiurn es nivではない vynut lys jol."

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