四日目

#33 Xo2 ge ka1


 今日も寝起きは至って良好だった。

 シャワーを浴びて、着替えを着る。この着替えは、シャリヤが用意してくれているらしいが洗濯などはどこに送られているのかよくわからなかった。一日と12時間ほどしかここにいないが、やっていることはシャリヤとかエレーナの話を聞いて、言語解析して、疲れて突っ伏して寝るというルーチンである。いずれ飽きるルーチンだが、言語を学ばなければ先に進めないことは何度もわかっている。

 全くもって異世界転生ものの言語習得描写がファンタジーだと思えてくる。

 翻訳魔法やら日本語とほぼ同じ言語が喋られるやらならまだ許せるとして、以前読んだ人気作のラノベを思い出してあまりの能力の良さに嫉妬したことがある。天才だから古典語を含めて18ヶ国語を喋れて、その兄弟も6言語をマスターする人間だという。インド先輩が言うに人の言語習得数はその人の有能さを測る尺度としては脆弱性を持つらしい。例えば、ヒンディー語とウルドゥー語、トクピシンとビスラマ語、セルビア語とクロアチア語とボスニア語とモンテネグロ語、スウェーデン語とデンマーク語とノルウェー語ブークモールとノルウェー語ニーノシュク、とまあ一言語話せて似たような、あるいはほぼ同じ言語が理解できるとして言語習得数を数えるとヒンディー語、トクピシン、セルビア語、ノルウェー語の4言語ができるだけで13言語できると自称できることになる。あとはこれに漢文だの英語だの日本語だのとラテン語・古典ギリシャ語などを付け加えればすぐに18言語なんかには到達する……とは言っていたが一般ピーポーである翠にとっては4言語出来る時点で「はいプロ 世界一言語習得が上手 言語習得界のtourist 通訳時代の終焉を告げる者 実質言語 言語習得するために生まれてきた人間」と煽れるはずだが、きっとインド先輩のいる場所ではそんな人間はプロでも何でもないのかもしれない。


(うーん……)


 とりあえず翠が今すべきことは言語習得数の水増しではない。リネパーイネ語をさらに習得するということだ。まあ、そのためにはとなりのベッドで未だぐっすり健康的に寝ているシャリヤお嬢様を起こさなければならないわけだが、如何せん、三日目にそれをやって大失敗して寿命を削っているので起こすのも億劫だ。かといって勝手に出ていってまた心配させるのもよくない。一体どうしよう。

 そんなことを考えているうちにドアが大きな音を立てて開いた。ドアを開けたのは昨日台所で積乱雲状の謎の物体の生成に成功したフェリーサだった。真っ黒だった時とは一転して、ベージュのポンチョにパンツルックで落ち着いた雰囲気になっている。フェリーサだと分かったのはショートの髪でアホ毛が自己主張をしているかのようにはねるように動いているその特徴的なシルエットが眠気まなこなりによく見えたからだった。


"Salaruaおはよう xij jazgasakisti八ヶ崎."

"あぁ……ja, salaruaうん、おはよう."


 そういえば、この子は毎度の通り「八ヶ崎」って呼んでくるけど、もしかしたらこっちの名前の並び方を間違えられているかもしれない。

 まあ、なんていうかフェリーサやエレーナは一見するとアジア人に見えるし、翠も同じ民族だと思われたとかはあるかもしれない。そういう類推が出来るほど、ここは民族のるつぼ状態なんだろうか。そんでもって紛争中ってことはユーゴスラビア内戦のような状態だとも考えられる。だが、正義だろうが悪だろうが、どっちにしろ生き残るために戦う必要があるわけだがこのレトラに居る限り当分は敵の侵攻をうけることはなさそうだ。あれだけ高いバリケードがあれば……っとこれ以上言及するとフラグになるのでやめておこう。


"Vaj xalija mol fal fqaシャリヤはそこに居る?"


 フェリーサがシャリヤの寝るベッドを指さして言う。

 一瞬シャリヤが身を震わせた気がしたが、気のせいだろうか。さっきまでぐっすり深い眠りについていたのだから多分何かの見間違えだろう。それはさておき、フェリーサの質問に答えたほうがよさそうだ。答えないで怪訝そうにシャリヤのベッドのほうを見つめ続けているのはどう見ても不自然だ。


"Ja, ci mol falああ、彼女はそこ fqa mal es harmie?にいるが何の用かな"


 フェリーサは部屋の中に入ってきて、翠の寝ている隣に座る。そして、その手元にある布で覆われた何かを見せてきた。中からは小さいパーツがぶつかり合って、小さな音を繰り返していたので木片か何かが布で覆われた中に入っていることが分かった。


"Cene xij jazgasaki八ヶ崎は心配になる es cerke'i?ことが出来ますか"

「えっ……?」


 「心配になることが出来る」ってなんだろう。この中身を見たら心配になるかもしれないぞとか、そういう意味なんだろうか。そんなことはない。木片をみて怖がる人間がどれだけこの世界で普通かは知らないが翠はそんなのことはない。


"Niv, fqa es niv.いやそんなことはない、 xace.配慮ありがとう"


 フェリーサはその返答に良く分からないという感じの表情をしながら、その包みを結んでいた緑の紐をほどく。多分、フェリーサ自身もリネパーイネ語の初学者だから会話が完全に通じるというわけでもないのだろう。


 開かれた布とその中身を見て、翠は驚愕した。

 布を開いて出てきたのは漢字のような文字が書かれた正方形の木片、布には網目状に線が轢かれている。これは……多分あれだな……?


「将棋か……?」

"Xó ge......kā......? Xij jazgasaki八ヶ崎は lkurf pergvirle……を話す?"


 フェリーサが何を言っているかは全然分からないが、遂に暇つぶしを見つけた。きっとこれはこの異世界のボードゲームなのだ。

 そんなことを思いながら期待感に胸を躍らせているとシャリヤが恨めしそうにフェリーサの後ろに立っていることに気付いた。


"Si彼は lkurf niv pergvirle……を話さない...... Fi alsat, vynut. rerx makj mi......"


 何か恐ろしい雰囲気を感じ取った翠はその威圧感に圧されるしかなかった。

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