#34 コロニー
部屋の脇にあるテーブルには、布が広げられ、その上に正方形に整形された木片が並べられている。木片には漢字のような文字が彫られ、向かい合うように配置されている。
(赤い駒と黒い駒があるな……)
装飾なのかよくわからないが、雰囲気は日本の将棋そのものだ。真ん中のどっち付かずのところに駒が置いてあるが、これは特殊なルールがあるんだろうか。
二人はお互いにその盤面を間に置いて、駒を動かし始めた。シャリヤはまず自分側の最前列の駒を一つ前に出す。「失」の真ん中の線を取り除いたような文字はどうやら、将棋でいう「歩」なのだろう。
フェリーサはずっとニコニコしながら考えている様子だが、シャリヤの方は何かイライラしている様子だった。フェリーサにこのボードゲームで負け続きだったのだろうか。将棋とかチェスとか、気晴らしにやるのは良いけど連続で負け続けると気分が悪くなるからなあ……
(あれ、とすると昨日の泣きついて来たのってもしかして……)
頭の中から雑念を払う。自分が泣くほど心配されているなんて勘違いをしていたなら穴を掘ってその中に入って爆撃してほしいほどに恥ずかしい。調子に乗った口ばかり、よくそろえたものですな。全くお笑いだ。インド先輩がいたら、奴も笑うでしょうな。
フェリーサは真ん中の「申」みたいな文字の真ん中の線を伸ばしたようなものが書かれた駒を二回動かしてシャリヤが先程動かした「失」を取ってしまった。
シャリヤはしまったとばかりに驚いている。
そして、「申」の駒を二段階動かして元の場所に戻す。どうやらこの「申」は二人が共有して動かせる駒らしい。フェリーサは続けて攻勢を続ける。
ある程度盤面の駒がお互い少なくなってくると途中でフェリーサが"ta xot!"と言った。シャリヤは驚いた様子で立ち上がってフェリーサの駒を数えていたが、暫くするともう駄目だとばかりにベッドの方に飛び込んで潜ってしまった。らしくもなく手足をバタバタさせて悔しがっている姿はただただ可愛い。どうやら勝敗は決したようだ。
この将棋みたいなボードゲームが出来れば自分も暇つぶしに使えるし、この世界で新しく会った人間に対して「じゃあ、ボードゲームやらね?」という感じで親睦にも使える。
"
”Mier......
うん……?多分文脈から考えて理解できないって言っているのか……?リネパーイネ語が出来ないから、君には理解できないと……。言ってることは分かるが、リネパーイネを学習中のフェリーサに言われると精神的にずどんと来る……。
ただ、あまりフェリーサにリネパーイネ語を学ぶのは良くなさそうだ。翠よりはレベルが高い学習者っぽいが、学習者特有の癖とかが翠に移ったりすれば面倒なことになる。
インド先輩が言っていたピジン言語やクレオール言語のような状態になったらシャリヤやエレーナも困ってしまうだろう。ピジン言語は貿易などの関係で別々の母語を話す人々との間で意思疎通するために自然に構築されていく言語のことだ。元の言語の語形が単純化され、文法も語彙も音韻も簡略化されたり、話者の母語に影響されたりする傾向にある。例えば、フランス語の人称変化だったり、英語の三人称単数現在のsが消え、英語でseaというところがsolwara、つまりsalt water 「塩水」という風に簡略化されたりする。あらゆる理不尽を持ち合わせる英語が簡単になれば願ったり叶ったりのはずだが、大抵本国のその言語の元となった言語を喋る人々からは崩れた言語であると忌まれ、公式では使いづらくなってしまう。そのピジンの話者が子供に母語としてピジンを教え、文法や発音、語彙が発達してくるとピジンはクレオール言語になる。しかし、経済的に軍事的に強い言語の話者から蔑まれた言語の文化と文学の発達は遅れてしまう。インド先輩はそれを非常に嫌なことだと言っていた。どのような言語であれ、その言語文化と文学は人類の価値になると。
翠とフェリーサだけでピジンを完成させるなんてことはなさそうだが、変な癖がついてはこちらも困る。ここはシャリヤに正しいボードゲームの名前を訊くことから始めよう。
"
"AR, yrtilon nun el
シャリヤが水を得た魚のようにベッドから一瞬で翠の目の前に出て来る。
"
「……。」
やっぱり!
"cerke'i"は「心配な」じゃなくて、"cerke"と"-'i"からできていて、"
(彼女の問題を自分への心配に間違えるとか勘違いも甚だしすぎる……。)
沈痛な面持ちで居ることに気付いたシャリヤは"
だが、これは好機だ。もっとセーケの事に詳しくなってシャリヤやフェリーサと仲良くなるチャンスだ。
"
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