#35 意外な点数


"Deliu mi kanti私は……すべき fai hamel......"


 シャリヤは悩んでいる。多分どうやってセーケを翠に教えようかということなのだろう。翠も「将棋を教えてくれ」と言われたら、どこから教えればいいかなんて分からない。駒の動かし方とか成り方とかは教えられるだろうが、戦法とかに至ってはさっぱりわからない。そもそも戦術が教えられるほど、例えば通算5000兆勝でもしていれば異世界転生なんてせずに済んでいるはずだ。いい人生よな。


"Ar, vaj xalijastiあー……シャリヤ, fenxis malfarno."


 悩んでいるシャリヤにフェリーサが話しかける。ボードゲーム上の駒の字を指の腹で撫でながら、持ち上げたり、打ったりしながら、話を続けていた。そして、翠は一つ重要なことを思い出した。


 "-'i"の話である。

 "es cerke'i.エス セーケイ"は「セーケをする」という意味らしいから、多分「~を」の格を表す語尾のような気がする。"-'d~の"と同じ、いわゆる対格Accusativeを表す語尾なのだろう。


"Xalijastiシャリヤ, Cene mi lkurf fqa?俺はこう言える? <Mi nyey'i akranti>俺は本を読む"

"Nivいいえ, <Mi's nyey'i akranti私は本を読む>."


 ふむふむ。

 基本の語順はどうやらSVO主語・動詞・目的語らしいが、その語順を崩すことも出来るらしい。例えば、SOV主語・目的語・動詞にしたいときは主語に"-'s~は"、目的語に"-'i~を"をつけることでどの単語がどの格に当たるのかを明示することができると。


 つまるところ、"-'s"は「~は」という意味を表す主格Nominativeを表す語尾だ。


"Cerke'i co's es?セーケを君がする"

"Ja, mi es cerke'i.うん、私はセーケをする"


 珍しいのか何なのかについては、他の言語がどうなっているか知らないために分からないが、面倒なことに「~だ」という意味の"es"はどうやら二つの用法を持っているらしい。

 まず、一番最初に出てきた"単語 es 単語"の形だ。この形は「単語1は単語2である」という意味を表す。インド先輩の言葉を借りるとこの"esエス"はコピュラ動詞ということが出来る。


 二番目に、"単語 es 単語-'i"の形。

 この形はまだ一例しか出てきていないが、"-'i~を"の意味が確定した時点でこの形の"es"は「~する」という意味に見えてくる。いわゆる、代動詞というもので英語の"do"や日本語の「する」に当たる単語だろう。面白いことにリネパーイネ語では代動詞とコピュラ動詞が同じ単語で単語に何の格が付いているのかによってきっぱりと用法を分けることが出来るということだ!


(変な言語だ……)


 大抵be動詞にあたる動詞は存在動詞的であると言われる。日本語の「~である」も「在る」だし、英語のbeは普通に存在動詞としても使う。インド先輩が言っていたタミル語のஇருもそもそも原義は「ある」らしい。

 だが、このリネパーイネ語はどちらかというとそうでもない。代動詞の意味を持ち合わせるということは何か違う意味のイメージを持ち合わせている気がする。


 もし、これに加えて"es"エスに他の格がついて他の意味になる!とかなってたら本当に面倒だ。というか、実はすべての動詞が名詞につく格の種類によって意味が変わるとかそういうこともあるかもしれない。"esエス"のように全然違う意味になるのならまだしも、名詞の格ごとに少しづつ動詞のニュアンスが変化していくなんてことがあったら、自然な会話をするのは難しそうだ。


"Cene mi簡単には tesyl lot firlex niv理解できないものだなあ......"

"Lirs xij cenesti, deliu coあなたは lersse lineparine.リネパーイネを……すべき"


 フェリーサは手をひらひらさせて言う。駒はいつの間にか整理整頓されており、きれいに並べられた駒を盤面であったうす茶色の布で包まれて緑に染色された縄で結ばれる。フェリーサの手さばきは一流の作法のようであったし、シャリヤを即座に打ち負かすほどの強さから見てフェリーサはセーケの棋士だったりするかもしれない。


(シャリヤがただ弱いだけかもしれないけど。)


 フェリーサが言ったことは多分、「とにかくお前はリネパーイネをやってまともに話せるようにしろ」ということなのだろう。"lersseレースゼ"は多分「勉強する」とかの意味だろう。顔に似合わず翠よりレベルが高いリネパーイネ語力を持っていて、そんなことを言われてしまうとさすがに傷つく。八ヶ崎翠の心はそこまで強くない。


 こういうときはインド先輩のTOEICの点数が400点台であったことを思い出して心を落ち着けよう。彼、言語学的な知識だけは豊富にあるうえ、一応英語圏のインドに住んでいた経験があるのになぜか英語が苦手らしいのだ。世の中の七不思議くらいに入りそうなものだ。


"Ja, mal felircaうん、じゃあフェリーサは kantiリネパーイネを lineparine cene'tj.……する……翠……"


 フェリーサにシャリヤが何かの冊子を渡す。フェリーサは驚きつつもそれを受け取っていたがしばらくしてからシャリヤが内容を色々と説明している様子であった。

 説明を聴いていると名詞クラスに関わる話も出てきたらしいが知らない単語ばかりでほとんど何も理解できなかった。というか、教科書があるなら渡してくれてもいいじゃないか?先の授業の内容はまだ教えられないって?そんな殺生な。

 そんなことを考えていると、突然部屋のドアが開いてまた新しい訪問者が来たことが分かった。もっとも、この訪問者はエスペラントでvizitiの語幹vizit-に「する人」を表す-antoを付けた単語で表されるそれではないのだが。


"Salaruaよう, lecu tydiest fua duxieno."


 フランクな感じで入ってきたのは先日フェリーサによって部屋をボロボロにされたレシェールおじさんであった。

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