#314 道を訊くだけでも大変ね


 最初の感想はとにかくビルが高いということ。行き交う人々は皆、ラネーメ人っぽい顔つきをしているし、話している言葉はやはりタカン語のように聞こえるからPMCFみたいとは思ったけれども、それが大きな違い。PMCFは建物の背が低くて空が広かったけれども、ここはその逆で窮屈に感じてしまう。


 私――アレス・シャリヤは今雑踏の中にいる。翠におつかいを頼まれ、お店まで一人で行かなきゃいけない。言葉が殆ど分からない私にはとても大変なことにも思える。だけど、翠だってユエスレオネで苦労して色々と覚えたのよね。だから、私にもこういう機会が必要だって分かってる。

 しかも、今の私には翠の書いてくれたメモがあるもの! これを使って完璧に買い物をこなして来てやるわ!


 胸を張って、空を見上げる。

 気合は十分だ。しかし、そんな気合に満ちた顔はすぐに崩れた。


"Paでも, harmue fqa es jaここってどこなのよ!"


 雑踏の中で力を込めていった。何人かは振り返ったが、怪訝そうな顔をしながら何処か別の人混みへと消えていってしまった。

 そう、私は完全に道に迷っていた。途中から道がおかしいと気づいていたのだけど、戻って通信機で翠に連絡してみようと思って、道を戻った。でも、地図に書いてある場所に通信機は見当たらなかった。こうして私は迷子になったのだった。


"Miesteどうしよう......"


 翠も谷山さんも居ないし、なんだか怖くて泣きそうになってしまう。だけど、手を強く握って踏みとどまる。翠も最初はそんな気持ちだったのかもしれない。彼が頑張ってきたように、私も頑張らなきゃ。

 雑踏の中で人を捕まえて、道を訊こうと思った。周りを見回して、出来るだけ温和そうなおばさんを見つけた。近づいていって、肩に触れた。


"Cespal naごめんくださ...... niv mal merじゃなくて、ええっと......"


 ユエスレオネにいたときの癖で、どんな人にもまずリパライン語で話しかけてしまう。でも、この世界ではリパライン語は通じないんだった。 

 翠のメモを取り出そうとまごついている間に相手は困った顔になる。


「アァエットゴメンナサイネ。ワタシエイゴワカラナイカラ。ベツノヒトニキイテネ」

"A, mili待って......!"


 おばさんはそれっきり、急いでその場を去ってしまった。ユエスレオネでは幾ら言葉が通じないとあっても、こういうことはあまり無かったから私は驚いてただただその場に立ち尽くしてしまった。


(もしかして、私がリパライン語を出してしまったから怒ってしまったのかしら?)


 まず最初に思いついたのはそれだった。

 ヴェフィス人という人々はリパライン語に近いヴェフィス語という言語を話す。ユエスレオネに居る彼らはもちろん学校や社会の中で育つとリパライン語が話せるようになる。しかし、ヴェフィス人が多い地域では彼らはよそ者に対しても出来る限りヴェフィス語でコミュニケーションを取ろうとする。それは、彼らが自分たちの言葉を大切にしているからなのだけど、どうもユエスレオネみたいな色々な言葉を話す国だと厄介扱いされがちだ。

 以前、リパライン語で話しかけているのに延々とヴェフィス語で返してくるおじいさんにあったことがある。「分からないわよ」って言ったら、そのおじいさんはジェスチャーを始めたから、どれだけリパライン語が話したくないんだかと呆れたものだった。もちろん、インリニアのような現代っ子はそうとは限らないわけだけども。


 なんにしても話しかけるのに失敗してしまって、完全に意気消沈ムードになってしまっていた。知らない人に話しかけるだけでも勇気がいるのに、それも言葉が通じない、話もあまり続かないとなると困ってしまう。


"fhurはぁ......"


 ため息が出てしまう。肩が落ちて地面につきそうだった。

 そんなときだった。


「キミ、ダイジョウブカイ?」


 声に振り向くと、紺色のフォーマルな制服に身を包んだ男性が心配そうにこちらを見ていた。胸には通信機のようなものを付けていて、その下にバッジみたいなものも付けている。

 一目見て、思ったのはユエスレオネの特別警察の服装に似ているということだった。


 ユエスレオネ連邦にはいくつもの警察があって、普段目にするのは刑事警察ザピタツ・ファイシェスという人たちだ。一方で特別警察ファンカ・ファイシェスは普通の警察が担わないことをやっている。イェスカがレトラに来たときに追いかけていたのも彼らだった。


(大物を追いかけるのも特別警察の仕事なのかな?)


 そんなことを思っていると、目の前の「お巡りさん」は腕を組んで、じっくり私を見つめていた。ユエスレオネの人たちは特別警察が来るとすごく緊張してしまう。なぜなら、特別警察だけではどうにもできないことがあるのだと察してしまうから。今の私もそんな感じだった。

 もしかしたら、怪しげな人物だと思われたのかもしれない。捕まったらどうしよう。怖くて声が出てこない。

 しかし、ここで勇気を出して道を訊かねば翠に顔向けができない。そう思い、手をまたぎゅっと握って、お巡りさんの方に向かい合った。


"Selene mi tydiest el私はここに行きたいんですけど......"


 地図を取り出して、身振り手振りで行きたい場所を指し示す。先のおばさんとは違って、彼は辛抱強く聞いてくれた。頑張って説明したのが功を奏したのか、お巡りさんは「あぁ」と得心したように声を漏らした。

 そして、地図にある二つの道を交互に指差した。


「コッチノミチジャナクテアッチノミチダネ」


 お巡りさんは手のひらを使って私の目の前を指す。


「アッチノホウヲススンデスグヒダリニマガッテソノマママッスグイケバソコニツクハズダヨ」


 手を曲げるようなジェスチャーを繰り返しているところをみると、どうやらそこを曲がって、真っ直ぐ進めと言っているみたい。ちゃんと道案内してもらえてるのに安心しながら、一方で頭の片隅にはが浮かんでいた。

 翠に教えてもらった感謝の言葉だ。


"A, a'rigatorgosaimasありがとうございます!"

「ドウイタシマシテ」


 そうやって言葉を返すと、お巡りさんはその場を去っていった。巡回中だったのだろうか。ともかくこれで助かった。

 もう二度と道には迷わないと強く心に刻んで、私は道を進み始めた。

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