#140 れしゅれしゅ語
広場のテラスでぼーっとしていると時間はすぐに過ぎ去っていった。結局インリニアはカリアホの問いに答えることはなかったし、カリアホが問いかけたことが何だったのかもよく分からなかった。小一時間ほど、インリニアの言った"
考えるのが億劫になってくるとこんなことは忘れてシャリヤと約束した日本語学習をやりたいと思えてきた。昼飯を食っていないと思って、適当に食堂によった後に、家に足を向けることにした。カリアホをなんだか適当に連れ回している気がして、申し訳ない気になっていた。しかし、そもそも、この問題は自分一人で抱え込むにはいささか大きすぎる。リパライン語が通じれば、まだいろいろな情報を集めることはできただろうがそうですらない。
言葉が通じないのは今に始まった話ではないが、一体何言語話せればこの世で生きていけるのだろうか。そんなことを考え始めると身が震えた。インド先輩ならば飛びついて全部の言語を習得するのだろうが、そんなことが出来る自信はまったくない。リパライン語だけで精一杯なのだ。
部屋につくとカリアホはうとうとしながら、寝室の方へと行ってしまった。全く喋らずに本当に疲れた様子であった。意思疎通もできず、聞いたこともない言葉が眼の前を飛び交っているのを見ているだけというのはきっと疲れることだろう。インド先輩のようにさっぱり意味のわからない少数言語に興奮するのは特殊な性癖ということだ。
部屋にはシャリヤがすでに帰ってきていた。彼女は丁度いいタイミングで帰ってきたとばかりに、嬉嬉としてノートを見せてきたのであった。
"
"
笑顔のシャリヤが持っているノートにはひらがなを練習した様子が見えていた。お手本となる翠の文字は綺麗な文字とは言い切れないが、シャリヤはみるみるうちに文字を覚えていくので、書かざるを得ない状況だった。単語も少しずつ覚えているので、いずれシャリヤと日本語で話ができるようになるのかもしれない。
"Lirs,
"
オウム返しに分らない単語を訊き返すと、シャリヤは"
多分、"lex"が動詞の前についているということは主語の名詞か何かなのだろう。短めの名詞ということは代名詞の類なのかもしれない。
"
"......
シャリヤは落ち着いた様子で日本語勉強を中断し、リパライン語を教えようとノートに何かを書き始めた。なんだか申し訳ない気になってくる。確かに日本語を教えようと思ったのは、特有の間違いからリパライン語の深層にある認知の仕方や表現の塊を知ろうとしたからだ。しかし、中断してリパライン語を教えられるまでとなると、この異世界に来てからもう三週間近くになろうというのに悲しくもなってくる。
"
シャリヤは三つの用法を書いたノートをこちらに見せてきた。どうやら、"
シャリヤは、"lex ad ftona"と書かれた横に更に記述を足していった。
"
"
最後の方の言葉は何を言っているのかよく分からなかったが、多分、"
シャリヤは続けて、"la lex"と書かれたところの横に文章を書いていた。
"
"
どうやら、"la lex"というのはそれが代名詞の一つのようだ。"lex"が代名詞かもしれないというのはあながち間違いではなかったらしい。たいてい、自然言語では具体的なものを指す現場指示と話の中に出てきた物事を指す文脈指示はどちらも同じ指示代名詞で指すらしいが、リパライン語では遠近の現場指示代名詞"
シャリヤが「分かったかしら?」と訊きたげに、首を傾げてこちらの顔を覗き込んでくる様子はとてもかわいい。笑顔で"
"
翠は一体どのような難しい用法が出てくるのかと覚悟した。
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