#89 燐字理文


"Salaruaおかえり, cenesti. Edixa coここに jeteson…… klie fal来た fqa."

"...... Jaうん."


 家に帰ってきたときにはもうすでに意気消沈となっていた。ヒンゲンファールの言葉がとてもじゃないけど忘れられないのである。せっかくシャリヤと共に気分転換をしようと思っていたのに、家に付くまでに色々と考え込んでしまって疲れてしまっていた。

 それに反して、シャリヤは翠が帰って来たのを見て、何か心が弾んでいる様子だった。いつにもましてアイオライトのような蒼色の瞳が煌めいて見えた。肩に垂れた銀髪の上でも彼女の心に合わせるように光が遊んでいた。


"Xelこれ fqa plax見て, cenesti."

"Harmie?なんだい"


 シャリヤは翠を玄関で待たせ、意気揚々と部屋の奥に戻って何かを取ってきた。紙切れには何か文字が書いてある。


Wataxi hanacu話す lineparineリネパーイネ……日本語か?」

"Jaそう! Ers日本 nihona'd lkurftless!"


 シャリヤが得意顔で見せてきた紙には、本来リネパーイネ語を書くリパーシェ文字で日本語らしきものが書き込まれていた。二日前に教えようとした間違いをそのまま残している。シャリヤの字はいつも綺麗で非常に読みやすいかった。


 部屋に入って、鞄から筆記用具や手帳を取り出した。リビングのテーブルに辞書も広げる。シャリヤはお茶を入れてくれたのちに隣に座った。

 二日前に考えていたことを再度想起する。情報量を適当に絞って教えていればシャリヤは必ず日本語を間違える。そこから、リネパーイネ語の単語の意味範疇や自然な表現、文法を理解することが出来るはずだ。

 とりあえず、「私はリネパーイネ語を話します。」と手帳に書いてみた。


"Deliu"私はリネパーイネ語 co lkurfを話しますは 「私はリネパーイネ語で話します。」 fua <mi言う lkurfんだ lineparine.>."


 そう言って手帳を隣に座るシャリヤに見せると、思案顔になって、しばらくして人差し指で三つの文字を指した。「私」と「語」と「話」だ。


"Fqa'dこの lyjot文字は es xaleリンツクラー linzklarみたい."

"Linzklarstiリンツクラー?"


 漢字を指し示して「リンツクラーみたい」と言っているが、たぶん似たような文字がこちらにもあるのだろう。確かこの世界のボードゲーム、セーケでも漢字のような字があった気がする。

 翠の問いに答えるためか、シャリヤは彼女のノートに何かを書き始めた。書かれた字は漢字のような字だったが、漢字としては読めなかった。左から六文字、形を似た漢字と漢字構成文字を使って表すなら「⿰大ム」、「曰」、「刂」、「⿱人小」、「人」、「曰」のような感じだった。

 シャリヤは書いたその字をひとつづつ指し示して言う。


"<Mi> <lkurf言う> <li>-<pa>-<lainライン> <lkurftless言語>"

"Hmふむ......"


 リンツクラーは表語文字らしい。リネパーイネ語の文章は今までリパーシェでしか見たことが無かったが、このリンツクラーで表記がされている地域が現在でもあるか、昔あったのだろう。セーケが割と古そうなゲームに見えるあたり、古代文字というあたりなのだろう。ファンタジー心が震える。


 しかし、「曰」のような一文字を位置によって"lkurf話す"や"lkurftless言語"と読み替えたり、「刂」、「⿱人小」、「人」の三文字を"lipalainリパライン"という音の音写に使ったりしていて地獄の様相だ。

  一文字に当たる音節数が長いという話は、日本語は「詔」一文字で「みことのり」五モーラで読むんだから、そこは置いておくとして、常用されているのが表語文字だったら単語と文字の関係や音写の仕方まで勉強しなければならなくなる。正直リパーシェ文字は表音文字で良かった気がした。


 そんなことを考えているうちにシャリヤは難しい顔をして、ノートに向かって悪戦苦闘していた。何かと思って見てみると、翠が先程書いた文章を一生懸命に映しているのだ。シャリヤの文字はリパーシェでは非常に丁寧だが、日本語になると写すのが難しいようで漢字とひらがな、カタカナのバランスがおかしかったり、漢字の筆画が不自然だったり、足りなかったりする。

 細かいことを言い出したら止まらないが、一生懸命に拙い文字を書いているのを見ているとほっこりする。


"Malそれで, fqa'dこの lyjota'd文字の ferlk es名前は harmie?"


 シャリヤはこちらを向いて首を傾げていた。しぐさが可愛くて少し見惚れてしまっていたが、居直って答えようと考える。


"Fqa'd ferlkこれの名前 es kandziは漢字 mal fqa esこれは hi'rlaganaひらがな mal fqa esこれは katakanaカタカナ."


 シャリヤは頭の上に三つくらいインテロゲーションマークを浮かべたような顔になっていた。


(そりゃ、リパーシェ文字一つだけを日常的に使っている人に、使ってる文字は三つあるといっても通じないよな。)


 もう少し簡単なところから教えていこう。翠はそう思った。

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