卅八日目
#208 手紙
この日、起床したのはドアを音ゲーか何かと勘違いしている寮長のノックで、というわけでは無かった。お腹あたりに変に暖かい雰囲気を感じるからであった。胸元には白銀の髪が埋まるようにして静かに寝息を立てていた。翠は寝起きで回らない頭で、いつシャリヤと添い寝することになったのか考え始めた。
が、全く思い出せなかった。
(昨日は疲れすぎて、すぐに寝てしまったんだっけか)
フェリーサたちと分かれた後、意味の分らないアイル語を聞かされ続けて数時間も椅子に座っていた疲れがどっと出て、シャワーにも入らずにすぐに寝込んだのであった。その後にシャリヤは翠の寝床に潜り込んできたのだろう。理由は考えなくても感じられた。
(寂しかったんだろうな)
彼女は今まで自分たちを助けてくれたレシェールたちが何処に行ったのか分らないということが図らずも自ずからはっきりさせてしまった。しかも、あれだけのリパライン語話者に対する排外的な態度を見れば、この国で彼女にとって信用できるのは翠とエレーナとフェリーサだけになる。親を失っての虚しさを一度は克服したのにそれがぶり返していると言ってもいいのかもしれない。どおりで翠たちと話す時も、シャリヤはずっと何かを心配しているような顔をしていたわけだ。
ゆっくりとシャリヤの頭を撫でてやった。それで何が解決するというわけでもない。だが、シャリヤも半分起きているようで眠そうに小さな唸り声を上げながら甘えるように頭を翠の胸に擦り寄せた。
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ドアをリズム良く叩く音と訛っているものの愛嬌のあるリパライン語が意識を揺さぶった。聞き覚えのある声は寮長のものだった。翠は頭を振って、恨めしそうにドアのほうを睨んだ。部屋の時計を確認すると昨日寮長に起こされた時よりも全然先になっていた。寝坊したから呼び出そうという魂胆なのだろう。
そもそも難民として逃げてきてすぐに学校にぶち込んで休みもサポートも無しに適当に勉強させておけばいいなんて考えている教師たちは相当頭が悪い。だが、そんな憤りを吐き出す場所は何処にもなかった。
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シャリヤの頭をもう一回だけ撫でて、布団から出ていく。彼女は名残惜しそうに敷布団に包まって丸まってしまった。こんなことをしている間にも寮長のドアノックは続いていた。一体どんな曲を脳内再生していれば、あんな叩き方になるのか甚だ謎だった。
寝起きの目をこすりながら、玄関の方へと覚束ない足で歩いてドアをあけた。玄関から少し冷たい空気が入ってきて身が震えた。
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「あ?」などと反応されたものだから、翠は苛つきが止まらなかった。ユエスレオネでそのような反応をされたことがないのもある。PMCFの人たちは感情をはっきりと表す傾向があるらしい。フェリーサのことを考えれば分からないでもない。
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寮長は困り顔だった。ただ、リパライン語が中途半端にしか分らない翠にそれを訊かれても困るというものだった。
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後ろからシャリヤの声が聞こえた。彼女はいつの間にか翠の後ろに立っていた。眠いのか半目で立っていてもふらふらしている。寮長はそんな彼女を心配そうに見ながら、それでも張り付いたような笑顔は崩さなかった。
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そう言って寮長が出してきたのは何かの紙であった。達筆なリパーシェ文字の羅列が書かれているその紙はどうやら灰色の封筒のようだ。意味が良く分からない単語の羅列は恐らく住所で、その下に差出人の名前として"
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挨拶を言い終わる前にドアが閉じた。良い人ではあるが、寮長にはいつも何かと忙しそうだと感じていた。そんなことよりも重要なことが手元にあった。部屋のテーブルにおいて電気を付けると、テープルにぽつんとある封筒が凄い大切なもののように感じた。
慎重にその封筒の封を開けると中からは大量に文字が書かれた紙が出てきた。その文字はリパーシェ文字ではなく、一見インドのヒンディー語の文字のようで、字形は手書きとは思えないものであった。構成も印刷物っぽい新聞のようなもので、翠はシャリヤと顔を見合わせた。彼女も頭の上に疑問符を浮かべたような表情をしていたが、ややあってその新聞らしき紙を開いてその端を指す。
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シャリヤは静かに頷いた。印刷のなされていない端の方にインクが出すぎて潰れんが如くのリパーシェで何かが書かれている。文字が小さいのと相まって、読み上げることすら出来ないほどであった。こんな紙を送ってくるとは一体どういうことなのだろう。
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シャリヤは立ち上がって、寝間着のジャージ姿のまま部屋を出た。部屋を出ていく彼女の背を見送って、翠は手紙の送り方に奇妙なものを感じていた。
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