#209 これが暮らしです
ボロいバスに揺られて結構な時間がたった。バスはユエスレオネにあったもののように窓があるわけでもなく、土煙が立てばそれがそのまま自分たちの方へと入ってきた。座席がある程度柔らかかったことだけが救いだ。
"
"......?"
バスの走行音が酷すぎて隣に座るシャリヤの返答が全く聞き取れなかった。道の舗装もガタガタで30秒に一回のペースで座席のそこから跳ね上げられた。どうしてこんな遊園地のアトラクションのようなバスに乗っているのかというと、レシェールたちの元へ向かうためであった。
新聞の端に書いてあったリパライン語の内容は良く分からなかったが、シャリヤとエレーナ、フェリーサはお互いに話し合って封筒の差出人の住所になっていた場所に行くということで決まったらしい。フェリーサがアイル語でその住所までのバスを聞き回り、何処から出てきたのか分らないお互いの端金を使ってこのバスに今いる。
(疲れるな……)
長距離バスの旅は疲れが一気に出てくる。インド先輩は「景色を楽しんでればすぐ着くし、そんなもんだろ?」などと言っていたものだが、さほど変化のない景色を見ていてもすぐに飽きた。かといって、読み物を持ってきているわけでもない。退屈と疲労の眠気に身を委ねているとバスは停車した。フェリーサが即座に立ち上がって出口を指さした。どうやら着いたらしい。
"
四人が降り立って、始めにそういったのはエレーナだった。地面はむき出しの土で、ところどころぬかるんでいた。シャリヤはぬかるみをじっと見つめて、気分が悪そうな顔をしていた。商店やら民家が並んでいるが、ユエスレオネのような先進国のような発展具合とは言えなかった。フェリーサはポケットから紙切れを取り出して、周囲を見渡した。
"Metista,
フェリーサの先導に従って道を進んでゆく。路地に入ると人々の喧騒が直に伝わってきた。ユエスレオネに居たときよりも何か生々しいというか、生活感が直接的に感じられた。そんな無害にも見える雰囲気に当てられて、シャリヤの心配そうな表情はいつの間にか好奇に満ちた表情に変わっていた。
"
フェリーサがいきなり止まり、つんのめりそうになるのを翠はシャリヤの肩を掴むことでギリギリ留まった。と思えばシャリヤはバランスを崩して、エレーナの肩を掴み、エレーナもまたバランスを崩してフェリーサの肩を掴み、フェリーサがさらにバランスを崩して格子状のドアに額をぶつけていた。
彼女は痛そうに顔を抑えながら、恨めしそうな視線をこちらに向けた。腰に手を当てて、怒り気味だ。
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"
フェリーサに睨まれたエレーナは、バツが悪そうにシャリヤの方を指差す。文脈からして"
"
三人の怒った表情が一挙に翠に向けられる。怒っていても最高に可愛い子だらけだ。そんな彼女らを見ていると意固地に反論する気も失せる。
"
罪を認めると三人ともやれやれといった表情でになった。そして、その小さな手でそれぞれ翠の額を軽くぽかぽかと殴った。殴られる度に翠が「いて」と声を出すのに三人共くすくすと笑って、いつの間にか不穏な空気は無くなっていた。翠としては皆が楽しいのならそれが何よりだった。一通り殴り終わると皆が翠の肩を撫でながら"
格子状のドアを開けて中へと入っていく。フェリーサが先頭に立って部屋番号を確認している様子だった。二階にまで上がっていって狭い廊下を通っていくと一つのドアの前に着いた。ドアをノックしようとしているのはエレーナだが、彼女も含め翠たちには変な緊張感が付きまとっていた。フェリーサがドア横のブザーを押した。ほぼ一名を除いて緊張感など無かったようだ。ややあって、静かな足音とともにドアは内側に開いた。
"
迎え入れてくれたのは栗毛色の短髪を綺麗に切りそろえた青年、見間違うこともないスクーラヴェニヤ・ミュロニユだった。爽やかで、静やかなその無表情と声は忘れることもない翠を助けてくれた人の一人だった。フェリーサはレシェールが出てこなかったことに残念そうに眉を下げた。ミュロニユに連れられて、リビングへと案内される。四人が入るには部屋はギリギリだった。ミュロニユはキッチンの方へと行って湯を沸かし始めた。長旅に疲れて、他愛もない話をしている女子たちを尻目に翠はミュロニユの方へと行った。
"
翠の人差し指はミュロニユの額に向いていた。フェリーサのものとは比べ物にならない青痣、少女たちには部屋が暗いからか良く見え無かったのだろうが翠は気づいていた。ミュロニユは表情を全く変えようとしなかった。
"
"......"
話している間、ミュロニユの表情は全く変わらなかった。それにまるで言っていることが事実だけが淡々と並べられるような年表のような響きに聞こえた。働いている間に暴力を振るわれたのに貧しくてそれを訴えることも出来ない窮状に何も感じていない様子だった。
"
翠はユエスレオネに居た頃のことを瞬時に思い出した。ユエスレオネでのミュロニユの仕事は戦時招集を伝える役目だった。伝えた先では悲しみや叫び、そして暴力まで受けてきたのだろうということが明確に分かる。だからこそ、彼もそういった状態に慣れてしまったのだろう。そんな彼が不憫でならなかった。
そんなことを考えていると、部屋中に電子ブザーが鳴った。
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