#227 破綻
"
レシェールの一喝によって落ち着いたかと思えばまた悲鳴が聞こえた。今度は何かと周りがざわめくが、前のように行進が止まることは無かった。シャリヤと共に翠は行列の端に居たからこそ、そのざわつきの理由が理解できていた。
"
"Metista,
シャリヤとフェリーサがお互いに何かを見ながら話し合っていた。その視線の先にあるのはPMCF人らしい顔立ちをした人間たちだった。青色の制服に身を包んで、その頭には銀色に輝く印章を付けた帽子を被っている。三人が一組になってデモの参加者をデモの行列から引き剥がして、地面に押さえつけて拘束していた。拘束されたデモの参加者は周りに止まっている派手なデザインの車両に抵抗も虚しく無理矢理押し込まれていた。
恐らくあれは警察なのだろう――と思うや否や、また一人行進から引き剥がされて逮捕されて車に載せられていた。デモ行進は一切この場に留まる様子を見せなかったが、警察が行進の参加者を強制逮捕するのも止まらなかった。
シャリヤは行進に従って進みながら、またもや心配そうに翠の袖を持っていた。強く握る彼女の表情には翠が捕まってしまうのではないかという心配に満ちているように感じられた。心配しているのは翠も例外ではない。頭の中にはレトラの留置所に入れられた苦い記憶が蘇ってきていた。二度とあのような仕打ちは受けたくないし、他人にも受けてほしくはない。
"
"
尋ねるフェリーサに見せるように翠はシャリヤと腕を組んだ。いきなり腕を掴まれたシャリヤは驚きの顔で翠を見上げて、何もない地面でつまづきかけた。それを見たフェリーサは得心したように頷いた。
"
そう彼女が大声で言った瞬間、難民たちは驚く暇もない様子でお互いの腕を組み始めた。翠の腕にも他の見知らぬ難民の腕が絡まる。顔を合わせると言葉を交わさなくても、絶対に離さないという意思が感じられた。警察はそんな状態でも人を拘束しようとして、乱暴に引っ張っていたが強く繋がっている難民たちはそれ以上一人として行進から離脱することは無かった。そして、警官に危害を加えようとする難民は誰一人として居なかった。
いつの間にか警察は逮捕を諦めたのか派手に色付けされた車両や数人の警官が遠巻きに眺めているだけになった。抗議の行進をする一行はビルの建ち並ぶビジネスエリアらしき場所から、歴史的で重厚さを感じさせる建築が多く並ぶエリアへと移動していた。ここは大都市マカティの重要な区域であり、PMCFの中心的"
警察の邪魔も入らずに議会までデモ隊は到着し、楽に入り口を占拠することに成功していた。フェリーサとレシェールとシャリヤと翠の四人で手を握り合って喜んでいたところ、前方のスピーカーから大きな音が聞こえていた。
"
デモ隊の前に立って議員たちに向けて抗議を行っているのは難民の中でも身を挺してでも難民の現状を救いたいと言ってくれた青年たちだった。少し年上の人も混ざっていたが、翠の呼び掛けに強く共鳴してPMCF人たちと血を血で洗うような戦いをすると覚悟していた人間だった。翠はレシェールと話し合ってなけなしの金で彼らに武器を買うことにした。それが今眼前にあるスピーカーと無線機というわけであった。
議員たちは彼らの演説を聞いて理解できている様子だった。秘書らしき者と顔を合わせて呆然とその様子を眺めているものもいれば、何処かに連絡を掛けながら困惑した面持ちで去っていく者も居た。周りにはビジネスエリアでの数よりも多くの記者たちが押しかけていた。この場にいるPMCF人たちの反応は様々だったが、それに一々反応すること無く青年たちは高々と主張を述べ続けていた。
そんな中、エレーナは曇った浮かない顔でその青年たちを眺めていた。
"Lirs,
"
デモというのは広く話題にされた時点で成功ということになるものだ。難民を支援することに賛成であろうと、反対であろうとそのあり方について議論することからPMCF人が逃れられなくなれば自分たちの勝利はここでは明白だ。別に今回の行動は議会を占拠することが目的ではない、時間が来れば議会の入り口も開放する算段だった。
"
エレーナの言葉はそこまで言ったところで途切れた。先程まで議会入り口の占拠で高揚していた難民たちがまたざわついている。周囲を見渡すと装甲車が急にデモ隊の前方に現れ、道を塞いでいた。議員たちは警官に先導されながらその場を去っていく。装甲車の後ろから何回も自分たちに向けてクラクションが鳴らされるが青年の抗議の声が止まることは無かった。
"
"Xysirstan
装甲車自体には確かに銃床が備え付けられているわけではなかった。翠にはそれがデモが暴動になることへの対策のように見えた。それにしても何か嫌な予感がすると思った瞬間、高く響き渡る破裂音が聞こえた。大きな音に思わず背を下げざるを得なかった。それまで続いていた青年の声は途切れ、頭を上げると彼は首元が血まみれになって地面に倒れていた。喘ぐように普通じゃない声を上げながら、垂れ下がる通信機の子機を取ろうとしていたがそのまま地面に突っ伏すように動かなくなっていた。
その周りに居た難民の青年たちのいくらかも額を押さえ込み、流れる血に痛みを覚えるような顔をしながらしゃがみこんでいた。どうやら何かが投げ込まれて爆発したらしい。
"
"
デモ隊の中から怒りの声が沸き立つが、議会の入り口から動くことは出来なかった。出来るのは後退して議会に入ることだけだったが、既に人々は混乱していて統制の取れた動きをすることは出来なくなっていた。不安でこの場から逃げ出そうとする人や怒りに任せて戦おうとする人たちが装甲車の方へなだれ込むように近づいていく。翠はその瞬間、破滅を悟った。
警察制服の上にベストを着た人間たちが装甲車の中から現れた。手にもっていたアサルトライフルの銃口はデモ隊に向けられていた。装甲車の方へと向かう難民たちは戦おうとする者も逃げ出そうとする者もお構いなしに銃弾の前に倒れていく。それまで生きた難民だった死体の山と流れる血が川のように路上に溜まっていくのが目の前で出来ているのを見ていた。シャリヤもエレーナもフェリーサも顔面蒼白の様子でそれを眺めていた。だが、レシェールはフェリーサの、ヒンゲンファールはシャリヤとエレーナの頭を押さえて議会の方へと撤退していた。
「丸腰の民間人を撃つなんて、なんて奴ら――」
振り向き際に日本語で言おうとした文句は度重なる爆発でかき消された。激しい耳鳴りと閃光の前に何も分からなくなるが、少しして見えてきたものは逃げ惑う難民が何人も爆発に巻き込まれて、吹き飛ばされて地面に叩きつけられている現状だった。ここで見せしめのために虐殺をするのが彼らの答えだったらしい。
逃げなければならないと周りを見渡すも、そこにはシャリヤもエレーナもフェリーサもヒンゲンファールもレシェールも居なかった。逃げ惑う人たちの波に飲まれて何処かに行ってしまったのだろう。彼らの安否を心配しながら、積み重なる死体を背にして逃げるのは心が痛くなるなんてものではなかった。
だが、今は生きるために逃げなくてはならない。
そう思い、翠はかぶりを振って腰を低くしながら議会の方へと逃げ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます