#230 殺して清々しただろうな
「少しは遊んでやるか」
俺――浅上慧は目の前にいる少女を知っている。インファーニア・ド・スキュリオーティエ・インリニア、葵歴前26年ヴェルガナ月8日中曜日生まれの17歳女性、テクタニアー計画五人目の解放被験者で翠に恨みを持つ
インリニアは通常の人間ではありえないスピードで接近してきた。彼女はケートニアーであるからこそこのスピードが出せる。そして、それに対応できる俺自身もケートニアーだった。夕張にどうせならチート能力が欲しいだろ――と持ちかけられて半ば強制的に得たものだった。馬鹿馬鹿しい。ハーレムも、チートも忌み嫌っていたというのに。
"
意気揚々にインリニアは刀による連撃を加えてくる。しかし全て手のひらで弾いていた。当然、肉体で受ければまともな怪我では済まない。ウェールフープを利用して手の表面で刀を受けているに過ぎない。
"
インリニアの刀は連撃のすきに叩き込むものではなく突きにいきなり変化していた。
「ん……?」
反応が少し遅れて、お気に入りのコートに切れ込みが入ってしまっていた。残念にもほどがある。
遊びでしか無いのに真面目にこいつに付き合ってやる必要があるのだろうか。「お前を殺すのは私だ!」だとか、自分の前でかっこつけられていたのを思い出すと何だか目の前のインリニアに無性に腹が立ってきた。だが、こいつも一つの作品である。殺して台無しにはしたくなかった。かといって、位相能力がこいつに適用できるかには不安がある。ケートニアーにはケートニアー、ウェールフープにはウェールフープと定式は決まっている。ここは確実に出来ることを実行する他ないだろうと、インリニアに向けて手をかざした。
"
インリニアの速度には方向を指定する手は追いつけない。通常のケートニアー同士の戦闘であればほぼ無意味な行動だが、その時は違っていた。
"
インリニアの体は高速移動していたが、その瞬間急に止まった。その手にある刀も地面に落ちる。金縛りに会ったかのように顔以外動けなくなっていた。ウェールフープの効力速度と距離を考えれば、一瞬でも体に向けられれば自分でも出来ること――それは一定時間、行動を止めることであった。
インリニアに近づいてその美しい顔を撫でた。彼女はせめてもの反抗としてその手に噛み付こうとしていたが、頭が動かないのではそれも叶わなかった。我ながらに良い出来栄えの作品だと思っていたが、性格があまりにも歪みすぎていた。俺はそんな生き人形のようになってしまった彼女を置いて、八ヶ崎翠にとどめを刺そうと振り返って地面を見た。
「……居ないだと?」
先程まで居た場所には八ヶ崎翠の姿は見えなかった。ケートニアーである八ヶ崎翠を行動不能にさせるために銃弾は特別加工されたもので、通常の人体の構造としてもケートニアーだから死にはしないにしろ動脈を撃っていたから、遅かれ早かれ失血で動けなくなるはずだった。落ち着け、慧、動けない人間が動いているということは動いている痕跡を探せばいい。地面に残っている血の痕跡はインリニアの方へと向かっている。ということは――
「がっ……うぁ……っ!」
脇腹に激痛が走る。下を見ると後ろから刺されたのか、刀が腹を貫通していた。太陽に照らされた刀は、鮮血に濡れて芸術品のように光り輝いていた。その位置は見事にモーニ体を貫通していた。ケートニアーがウェールフープを行うのに必要なモーニ体を俺は手術で一つ埋め込んだだけだった。ケートニアーとしての自然治癒能力もこれで終わり、大動脈まで裂いたであろうこの一撃で俺は自分の最期を悟った。
インリニアの顔はしてやったという黒い笑いに満ちていた。倒れると共に刃は俺の体から抜ける。血が道に広がっていくのを見ていると何だか面白くなってきて、笑えてきた。俺はどうしても八ヶ崎翠の顔が見たかった。人々を救って、馬鹿馬鹿しい事を言う悪役を殺して、さぞかし達成感のある顔をしていることだろう。その輝かしい表情を見て、俺は死のうと思って体を起こして八ヶ崎翠の方へと向けた。
八ヶ崎翠は泣いていた。これまで自分に向けられたことのない後悔の念を表情に表しながら、耐えきれず泣いているらしかった。俺にはこの主人公が、いくらでも人を殺せるような主人公が何故泣いているのか、理解できなかった。
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