#322 私だって「子供」だもん!
マグカップから湯気が立ち上っていた。俺は焦げ茶色の液体を含んだそれを持ち上げて鼻先に近づける。香ばしい匂いを愉しみつつシャリヤの元へと戻っていった。
シャリヤと対話しながら紆余曲折の末、一枚目の半分くらいまで翻訳が完了していた。内容としては、「異世界人、これくらいの攻撃で驚きすぎやろ。これじゃちょっと駆け引き下手すぎるわ、本部。計画考え直せ?」くらいのことだ。
そこまで到達したときには、もう二人ともヘトヘトの状態だった。彼女は集中力が切れ気味になっており、俺も原文のどの行を追っているのか分からなくなったりしていた。
一息入れようと彼女に提案し、俺はコーヒーを入れていたところだ。集中力が切れた時はヤケドするほど熱いコーヒー、というのはインド先輩の言だ。彼はそれで毎度舌を火傷してから、牛乳を追加するのだった。
"
シャリヤが背後から覗いてくる。確かにユエスレオネでは、コーヒーに類する飲み物を見たことがない。これもまた彼女にとっては物珍しいのかもしれない。
俺はマグカップを彼女の方に差し向ける。
"
"
彼女はマグカップを受け取って、じっとその水面を覗いていた。口に近づけて飲もうとした瞬間、何かに驚いた様子でマグカップを顔から離した。まさに><という感じの顔だ。
"
そう呟き、シャリヤはしきりにマグカップをふーふーし始める。なるほど "
次の瞬間、また彼女の顔は><になる。
"
ふむ、今度はなんだろう。よく考えてみる。コーヒーを飲んだことのない人の感想といえば、まず思い浮かぶのは「苦い」だ。ということは "
そんなふうにリパライン語解釈をしていく俺の前で、シャリヤは胡乱な眼差しを俺に向けていた。
"
"
"
"
"
なるほど "
残念そうにそういう彼女を前にして、俺は悪知恵を思いついてしまった。
"
"
"
そう言われると、シャリヤはマグガップの中をじっと見つめた。むむむ……と唸りながら、顔をしかめる。別に無理して飲まなくても――そう言おうとした次の瞬間、彼女は "
"......
そう言いながらも、彼女は涙目になっていた。うむ、確かにシャリヤはこういう娘だった。強いけど、レジリエンスな強さではないというのはまさにこのことだった。
それはそうと、挑むような視線が俺に向かっていた。
"
"
"
"
私は素敵な鳩です。
答えるとシャリヤは満足した様子で腕を組んだ。自慢気に胸を張って、鼻高々といった感じだ。単純というか、なんというか。
さて落ち着いたところで、一つ疑問を持ったことを質問してみよう。
"
"
"
そう、先程シャリヤがコーヒーを飲み干す直前の言葉についてだ。俺は彼女を見て可愛いと思う一方で、言い回しが奇妙だと思っていた。日本語なら、「男の子」も「女の子」も「子供」だ。だからこそ「私は子供じゃなくて、女の子よ!」というのは、奇妙に聞こえるわけだ。
シャリヤはマグカップを置いてから、考えるような顔になる。
"
"
"
なるほど "
"
"
"
"
日本語にも細かい年齢で言い回しが変わるように、リパライン語でも言い表し方は異なるようだ。「私は
「ふう」
十分息抜きが出来たところで文章の続きを訳そうと文章を手にとったところで、胸ポケットから着信音が聞こえてきた。クロード・ドビュッシーの月の光だ。普段の自分なら弄らないだろう着信音の主は谷山に渡されたPHSだった。取り出して、通話を始める。
「はい」
『翠君、今は何処に居るんだい』
「ホテルですけど……」
『まずいな』
焦り気味の谷山の声に少したじろいでしまう。一体何があったのだろう。
「一体何がまずいんですか」
『落ち着いて聞いてくれ、文書が動いている』
「はい?」
『言っただろう。厚紙には位置情報を発信するチップが入っている。それが示す点が動いているんだ』
PHSを耳に押さえながら、書類の入った茶封筒を探す。確か棚の中にしまっておいたはずだが、棚を開くと目当ての物は消えていた。
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