#272 ブリーフィング


 行軍は思ったほど長くはなかった。翔太の測量が間違っていたのか、予想よりも早く国連軍の基地周辺に到着していた。


"Harmy deliuなんでこんな mi duxienことを私がしなきゃ xale fqaいけないんだ......"


 愚痴をもらすのはインリニアだ。オブシディアンブラックの瞳は恨めしげにクラディアと翔太に向いていた。そよ風がショートカットの黒髪を揺らす。彼女は糧食をもって運ぶ役として一人だけ荷を背中に負っていたのだった。お世辞にも重いとは言えないが、一人だけ荷物持ちであることを彼女は不満げに道中ぶつぶつと何やら言っていた。当然、リパライン語の理解が中途半端な自分には何を言っているのか良く分からなかったが、クラディアと翔太には一体どのように聞こえていたのだろう。彼らは道中口を滅多に開かなかったから、知る由もなかった。

 俺達四人は広げた地図を中心に円になって座っていた。翔太がその地図の中心部――国連軍基地を指差した。


「侵入ルートを説明する。恐らく、俺達が戻ってくる可能性を鑑みて良く知っている出入りのルートは警備が強化されているだろうな。CSTOの奴らが侵入したルートも恐らくそうだろう」

「じゃあ、良く分からないルートから侵入するんですか?」

「ぶっちゃけて言えばそういうことになるが――」


 翔太の指が基地の北方に移動する。


「万全を期して、既知のルート側で陽動を掛ける。手榴弾を改造してIEDを設置し、爆破してから所定のルートを通って侵入する。これなら少しくらい手間取っても問題は無いはずだ」

「警備の状況は」

「既知のルートで警備が強化されているとしても、外部の警備が手薄になっているとは思えない。陽動が掛けられたとしても、二、三人の戦闘員が残っている可能性は排除できないだろうな。だが、入ってしまえば中はガバガバだろうな」

「じゃあ、そこまでいけば……」

「ああ、一気にウェールフープ転送装置まで行って、夕張の後を追って終わりだ」


 インリニアは目の前での話が何を説明しているのか理解できていないようだった。俺は今まで全く知らない異世界語で繰り広げられる話を必死に理解しようとしていたが、その気持がやっと理解できたことだろう。

 そんなインリニアに説明するように今度は翔太は彼女を指差した。


"Shrlo m'elm niv戦うな, josxe……しろ. Firlex良いな?"

"...... Mercえーっと, Ja分かったよ."


 インリニアは不承不承という感じで肯定の言葉を絞り出していた。あまりにも酷すぎる説明に不満が沸き起こる。ユエスレオネの人々は言葉の通じない自分に必死に物事を伝えようとしていたというのに、この眼の前の地球人といったら言葉が通じるというのに情報共有を端折ったのだ。


「適当過ぎませんか。俺が気を失っていた間、まさか彼女に何も言わなかったんですか」

「まあな、余計な情報を与えれば彼女も戦おうとするだろう。お前みたいにな」

「……いずれにせよ、俺達は戦わざるを得なくなるでしょうに」

「今は、邪魔な地球人どもから逃げ出すことだけを考えろ。余計なことを考えるのは異世界に行ってからでも遅くはない」


 一々頭にくる言い回しに反論したくなる。だが、翔太は何も間違ったことは言っていなかった。そこに更にストレスが湧いてくる。理不尽なものだが、人間とはそういうものだ。


「先頭は俺が行く。その後に翠、インリニアが続いて、殿はクラディアに頼む。武器とかは鹵獲しない。出来る限り音を立てずに、陽動で慌てているうちにすぐに終わらせよう」

「夕張が逃げた異世界が何処かってのは情報が掴めているんですか?」

「一応、私がデータを暗記しているので」


 クラディアが感情を感じさせない表情で答えた。別の異世界に転移するというのに何も思っていないような顔だった。


「もしかして、夕張が逃げた異世界のことを知ってたりするんですか」

「まあ、どちらかといえば」

「どういうところなんですか?」


 尋ねると彼女は少し悲しげに眉を下げた。その瞬間、初めてクラディアの表情に感情が見えた気がした。翔太に了承を取るように顔をそちらに向けると、彼は無言で顎で答えた。


「彼が逃げた異世界――アレークウィには私の故郷デュインがあるんです」

「故郷? でも、クラディアさんはリパラオネ人なんじゃ……?」


 クラディアの話の断片に挟まる言葉に気づいたのかインリニアも聞き耳を立てるようにこちらに視線を向けた。


「リパラオネ人はユエスレオネがあるファイクレオネだけではなく、デュインがあるアレークウィにも居ます。私達はウェールフープの技術で世界間を飛び、戦争と平和を繰り返してきましたから」

「……良く分からないですけど、そうなってくるとそっちに飛んで食料が得られないってことも無さそうですけど」

「協力者は得やすいだろうが、それまで夕張や奴の手先に会わない保障はないからな。目立たないべきなら、レーションを食べてたほうが良いだろう」


 翔太は頬を掻きながら、地図に目を向けたままそう言った。クラディアは依然眉を下げたまま、複雑な表情をしていた。


「こんな形で故郷に戻りたくはなかったのですが」

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