#24 Court caseは裁判格ではない


 ちゃんと歩けているはずなのに足元がおぼつかない気がする。目の前がちかちかと輝いている。さっきまでの安心はどこへやら、何をされるか全く分からない状況に怯えながらも、エレーナの引導に逆らうこともできずについていっていた。


(ただ、無意味に反抗しても無駄だろうな。)


 レトラの街は外部とアクセスしようとする道の全てを高いバリケードで囲われている。エレーナに連れていかれているうちに道を見ていると、高いバリケードが道を全て塞ぎ、息苦しさを感じられるほどに閉鎖された状態であった。もちろん外部からの敵を防ぐための構造なんだろうが、それ以上に見張り番がそれぞれのバリケードに居るらしく逃げようとしても見張りに射殺されるだけだろうと分かる。


(西ドイツへの亡命者を銃撃する国家保安省シュタージかよ。)


 内紛の状況がどうなっているか分からないが、こんな不安定な状況で何か変なことを言えば処刑は免れても、独房にくらい入れられてしまうのではないかとか、考え始めれば止まらないから何も考えずにエレーナについていく。反省の意思を見せれば、許してもらえる?そんな簡単には行きそうもない。


"Mer, elerna......えっと、エレーナ……"


 とりあえず、名前を呼んでみる。

 自分に何が起こされようとしているか、それを知る権利くらいはあるはずだ。殺すなら殺すと言ってくれたほうがいっそ潔い。戦時法廷に引き出されたりしたら俺は日本国民で、非戦闘員で、人間としての尊厳が尊重されることを望むって言ってやる。多分相手は何一つわからないだろうけど。


"Deliu cen lkurf <elerna -sti>エレーナ スティ fua stieso."


 また、長文だ。全然分からないが、"elerna"に"-sti"がつけられているところから鑑みるにまたスティ関係の何かなのだろう。シャリヤもエレーナも分からないことを察して説明することもなく、永遠にスティの謎が解けない状態ではあるが、これを訊く前にこれまでのスティの用法を見て、とりあえず理解してみよう。エレーナと移動する時間のうちに何もしないよりも意思疎通のために少しでも言語を理解できる方が誤解を解いたりするためには有利だ。


1. 『Mi es ales.xalija.私はアレス・シャリヤ Xalijasti.』

2. 『Salaruaおはよう, Xalijasti! Edixa mi klie dea do!』

3. 『Salarua!おはよう! Cenesti!』

4. 『Mercえっと, xalijasti. Harmae larta es fal fqa?人間はここに?

5. 『Jei, costi, hame la lex esである iulo?』


 思い出せるのはこれくらいだが、挨拶であるsalaruaのあとにstiが付いたものがよく来ている気がしなくもない。シャリヤが翠を呼ぶときは常にcenestiになっている。これらを鑑みると、もしかしたら何かを呼ぶときにstiが付くのかもしれない。そういえば、インド先輩が言っていたことに言語の文法にはCaseという概念があるらしいということがある。英語では消滅しているらしいが、ラテン語とかギリシャ語とかロシア語とかアラビア語とかは名詞が格変化を起こすらしく、ドイツ語に至っては名詞につくtheのような単語が格と名詞が複数かどうかで変化するらしいのだ。その格とやらは文章中でその単語がどのような立ち位置になるのかを表すらしい。例えば、「ブルータスよ、カエサルの父親はイタリアで少女に花を与えよと命じた。」という文章でラテン語で考えてみると


Brūteブルータスよ, Caesaris paterカエサルの父は imperāvit彼は命じた ut~と flōrem花を puellae少女に in Italiāイタリアで dōnārēsあなたが与えるよう.


 となるらしいが、ラテン語は一々格で名詞が変化するので格の内訳はこうなっている。


Brūte呼格, Caesaris属格 pater主格 imperāvit ut flōrem対格 puellae与格 in Italiā奪格 dōnārēs.


このようにラテン語は格変化で文中の単語の役割を表すことができるから……


Brūteブルータスよ, pater父は imperāvit彼は命じた Caesarisカエサルの ut~と dōnārēsあなたが与えるように flōrem花を in Italiāイタリアで puellae少女に.


 と、語の並べ方をぐちゃぐちゃにしても全然通じるらしい。pater Caesarisがimperāvitで割られているけど、「まあ、分かる」ということらしい。この反面、英語などの場合は語順が大体限られて自由に語を並べることは難しい。まあ、語の並べ方をぐちゃぐちゃにして何の得があるのかということもあるが、どうやら詩とかで有用にこの特徴が働くらしい。

 この格の仕組みがそのまま異世界語に存在するかどうかは分からないが、-stiの存在がラテン語の呼格に当たることはここから推測できる。


 さて、ここで推測した語法のテストといこう。

 エレーナが何を思って意気揚々と翠を引っ張っていっているのかは知らないが、ここで一つ「分からない」と言って、知る権利を行使しなければ。


"Elernasti.エレーナよ"


 エレーナは、翠のその声を聴くと、無言で鼻歌を歌いながら進んでいたその歩を止めてしまった。


"Mi niv firlex fqa.俺はこれを理解していない。"


 精一杯の語彙力と一緒にボディーランゲージでも意思疎通を試みる。先人が作り出した業界人のスタイリッシュなポーズの一種である両手でろくろを回すポーズを基本として、自分が部屋から引っ張り出されているという結果が理解できていないことを表現しようとした。

 だが、その疑問はさらに次の瞬間に増幅されてしまった。


"Fqa esこれは knloanerl'd食べ物…… ak'inustal ja!……だ!"


 目の前に出てきた目的地と思わしき場所は――


「製菓材料のお店……?」

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