#43 辞書は大事
「面白いなあ……。」
図書館というと文章だらけの本を押し並べているようなところと思いかねないが、見てみると絵本やほとんど文字が無く絵が中心の本でさえあるほどだ。
だが、やはり図書館は図書館。殆どの本は表紙がかろうじて読めるばかりで、中身を読もうとすると空白に親を殺されたかのように文字が並んでいる。いくら文字が読めるといっても、今の読む速度でこれを全部読めとか無理だし、地球で見たこともない文字がびっしりと並ぶ状況に圧倒されて卒倒しそうになる。
こうして、そっと本を閉じて本棚の隙間に戻すことを繰り返していた。いつか読める本が出て来るのではないかとは思うのだが、何故かやる気が削がれるばかりであった。
絵本を読めばいいじゃないかということもいえるかもしれないが、衆人環境で年相応の子供たちが周りにいる状態で絵本を噛みつくように見ながら解読をしようとしている翠のその姿が頭に上って嫌になった。恥ずかしくてとてもじゃないが近づきがたくなってしまった。
「ん……?」
見覚えのある背表紙が目に入る。
四日前のシャリヤの家での出来事が想起される。この辞書らしき本を引き抜いて頻度分析をやろうとしたが失敗した。言語パズルをやるなら辞書は最適だ。循環定義がある語釈は最低の語釈だが、それに加えて類義語や対義語の表記、例文がある辞書は学習者兼解読者である翠にとって非常に助けになるものだった。
(この本は、
手始めに多分「辞書」という意味のこの"levip"という単語を引いてみよう。辞書の単語はABC順に並べられているはずだからLは結構後ろの方だろう。
そう思って辞書の端を見て驚いた。
(……ABC順じゃない……だと……)
辞書の端に書いてある語頭の文字を指し示す表記はA, B, C, D, EではなくP, FH, F, T, C順で並んでいるのである。冷静に考えてみればそれはそうで、英語のアルファベットの並べ方が存在しない、影響しないこの異世界ではリネパーイネ語特有の文字の並べ方で辞書の単語は並べられるのだ。英和辞書と国語辞書の単語の並べ方の違いと同じでA, B, C, D, Eとあ, か, さ, た, なの違いである。しかし言語が違えば、辞書の文字の並べ方も変わることなんて誰が気づくんだろう。辞書を引くことなんて少ない現代の青年である翠には少なくとも無理だった。
(でも、並び順を覚えるの面倒だなあ。)
やっと"levip"の頭文字のLを見つけてそこから次の文字であるEを見つけようとする。文字順が英和辞書とは違うのでやっぱり気になる。
【fto.e】Ers
Kantecergen kraxaiun : lkurlos
:
見出し語と語釈、例文が簡潔に書いてある辞書だ。"
その後にコロンみたいなもので挟まれた例文らしきものがある。【】内の記述は多分品詞か名詞クラスとかそういうものだろう。<>は引用符だ。
つまり"<levip>"という単語を"levip"で"
"levip"が「辞書」なのであれば"lkurlos"は多分類義語の類なのだろう。そして、問題の語釈である"Ers
(いや、待てよ……?)
"kraxaiun"という単語は聞いたことがある。
以前シャリヤに緩衝音の話をしてもらった時にシャリヤは"kraxaiun"という単語を使って説明していた気がする。確か、リネパーイネ語には"kranxaiun pervoj"と"kraxaiun fendej"が存在していて、それぞれ単語の何らかの種別を表していたという話だった。ここで変化していない"kraxaiun"が「単語」という意味で、"
しかし、リネパーイネ語の修飾語順――名詞とかと形容詞とかの並べ方は
"
"うわっ!?
集中しているときに声を掛けられたので、体が震えるほど驚いてから後ろを確認する。
いきなり後ろから声を掛けてきたのはレシェールであった。翠の控えめな返答で、驚かせてしまったことを理解したのか頭を掻いてばつが悪そうな顔をしていた。
"
"
どうやら何をやっているのか気になってきたらしいな?単語を教えてくれる知り合いも図書館の中にいるわけでもないし、これは好機だ。いろいろと教えてもらおう。
"
レシェールは得意げな表情に戻って、翠の机に近づき、辞書をのぞき込んできた。
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