五日目

#42 ヒンゲンファール・ヴァラー・リーサ


 その日の朝も非常に好調なスタートを切った。シャワーを浴び、用意された服に着替えた。リネパーイネ語で何かを説明するということが出来る段階まで来ていないので身振り手振りと"krantjlvil図書館"のパンフレットを見せることでシャリヤには当分外出するということを伝えることに成功したし、レシェールがしきりに"co'd duxienoお前、仕事は!?"と言ってくるのもなだめて、"krantjlvil"までの道を間違えずにたどることが出来た。


 見覚えのある看板が見えてくる。

 インド先輩の友人から教えてもらったことがあるが、太字のスラブセリフという奴だろう。書体にはセリフ書体とサンセリフ書体がある。文字に飾りがついているのがセリフ書体で、そうでなくなにもつかず寸胴な書体がサンセリフ書体になる。セリフ書体の飾りセリフにもいくつかの種類があり、飾りと縦線と横線の太さがほぼ同じで直線的なスラブセリフ、飾り部分が極端に細いヘアラインセリフ、飾り部分が三角形のようになっているブラケットセリフなどがある。日常的にパソコンを使っていてよく見るセリフ体はTimes New RomanとかCentury、サンセリフ体はHelveticaなどだろう。看板のこのレタリングがこの世界でスラブセリフというのかどうかは知らないが、素人目から見たらそれっぽい文字の装飾だった。


"ざ、Salaruaおはようございます."

"Arlあぁ, salar xij"


 昨日パンフレットをくれたお姉さんが入り口の脇のカウンターに居たので一応挨拶をすると作業を一度止めて、ポニーテールを振ってこっちを向いて笑顔で返してくれた。挨拶だけでも通じると凄く嬉しい。この瞬間のために言語を学んでいるということもあるかもしれない。やっぱり言葉が通じると気持ちがいい。

 "xijシイ"、多分呼びかけだったり名前に付けて「~さん」ということが出来る単語だろう。フェリーサが翠を呼ぶときにはいつもこれをつけていたので大体意味は察していた。対称にフェリーサがシャリヤを呼ぶときにはいつも"vajヴァイ"が付いていたからこれは多分"xij"の対義語で、Mr. Ms. Mrs. Miss.のような感じで性差によって使い分けがあるようだ。

 "salarザラー"は多分"Salarua"の短縮でくだけた気軽な挨拶という感じだろう。一度会ってさっと別れたくらいの仲で使えるのかはこのお姉さんの性格にもよるだろうが分からない。そういえば彼女の名前が全く分からない。訊いておくべきだろう。


"Vajお姉さん, Co'd ferlk es harmieあなたの名前は何?"

"Mi es hinggengferl V私はヒンゲンファール・Vです. Co es君は jazgasaki.cen八ヶ崎翠 tirne……だね?"


 ヒンゲンファール・ヴェー……なんか強そうな名字ですねえ。というかそういう話ではなくヒンゲンファールさんは何故名前を知っているんだろう。昨日名前を教えたりしたっけ。


"Merえっと, Co firlex miあなたは俺の'd ferlk fal harmie?名前を何において知る"

"Arあぁ, mi'd私の snutokacergerスヌトカセーゲー l'esレス lexerl lkurfレシェールが fal la'sciラッシで言う mels coあなた……."


 ふむ、詳しくは分からないがレシェールが先に翠の噂をヒンゲンファールさんに言っていたらしい。


"Malそれでは, vaj hinggenferlヒンゲンファールさんは......"

"Nivいや, plax lkurf mi私を言う cixj <hingvalir>."


(あれ?)


 ヒンゲンファールさんは翠の言うことに被せて、恥ずかし気にそう言った。文頭で否定して"mi"が動詞"lkurf言う"の後ろに来ているということは目的語として"mi"が置かれているということで、"cixjスィシ"が何かは分からないが、"plaxプラシュ"はお願いの時に共起することが多いことが感覚で分かっている。例えば、パンフレットに書いてあった"Plax shrlo tuan......"などが証拠になってくる。丁寧な依頼をするときに付いてくるのがこの単語なのだろう。

 つまり、ヒンゲンファールさんは翠に何かを求めている。


"Vaj hinggenferlヒンゲンファールさん, harmie......"

"Mili待って......mi es hingvalir私はヒンヴァリー gels shrlo lkurf nivヒンゲンファールを hinggenferl言わない."


 あ、もしかしてヒンゲンファールと呼ばれたくないとかそういう話なんだろうか。ヒンゲンファール・Vは実名だけど、日常的にはそう呼ばれたくないだとか。何て呼んでもらいたいかというのは自分で決める権利がある。インド先輩の知っている人にはしきりに戸籍名と実名を分けて使うように意識していた人も居るし、きっとヒンゲンファールさんもそのような感じなのだろう。


"Merえっと, naceごめんなさい. mi firlex分かりました."

"Xace.ありがとう"


 さんの笑顔は名前が変わっても、変わらない。中へ入ることを指示されたので翠は図書館の中へと進んでいった。


「ふむ……。」


 市立図書館といった規模の図書館で、そこまで大きくもないし小さすぎもしないという感じであった。とりあえず今日はここがどのような感じか一日引きこもって雰囲気を掴んで、本の置かれ方などを見て、言語学習の役に立ちそうな資料を見てみよう。

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