#219 好きなこと
いつの間にか翠は椅子に座らされていた。先程までフェリーサと共に賭け事をしていた三人の男の一人と代わる形で翠が入ったがフェリーサはルールを単純にしか説明してくれなかった。
このゲームは"
プレイヤーは手札五枚を配られ、手番の時に山札から札を一枚引き、一枚捨てることを繰り返しながら、面子を手札の中で揃えられればアガリとなる。異なる色でも良い同じ数字札四つ・三つ・二つか同色の連続する数字札三つ・二つが面子となり、つまり揃えるペアの組み合わせは2・2・2か3・3か4・2のということになる。他のプレイヤーが捨てた札を取って、ペアを作ることも出来るが一点減点となり、作ったペアは場に晒す必要がある。
ところで、虚無の札はクソッ何も書いてねえ……ハズレだ!――とはならないらしく1に繋がるため、虚無ではなく0らしい。虚無と0の何が違うのかは知らん。あと「夫」「申」は同じと見做し、同数字札二枚ペアとして扱う。廿の下に八のような字が書かれた札は同色札のワイルドカードとなる。
……というルールであることは見ていれば分かっていた。間違ってもフェリーサの懇切丁寧な説明で理解させてもらったわけではない。
目の前にあるのは見覚えのない貨幣だった。一文無しな翠の賭金はフェリーサの勝ち分から分けてもらっていた。全員がシャッフルした札がテーブルの真ん中に置かれるとそこから五枚の手札が引かれていく。翠もいそいそと札を取った。
手札は黒1, 黒2, 赤5, 赤8, 黒8、出だしは好調と言える。じっくり見ながら考えていると、いつの間にか手番が回ってきていた。手札を引くと黒3が出た。赤5を切って、同色四連番狙いで黒4を待つ。
"
フェリーサは鼻歌を歌いながら、赤4を捨てる。男のうちの一人がそれを取って赤2, 赤3で同色三連番を作って場に晒した。その次の男は黒4を捨てて、翠はそれで上がることができた。
フェリーサは自分が負けたにも関わらず満面の笑みで翠の上がりを見ていた。男二人はお互いに顔を見合わせて、翠の上がりにしてやられたという表情で頭を掻いていた。初の上がりに喜んでいる翠の元に点数を表す他のプレイヤーの点棒が目の前に集まってきた。こんな状況でカードゲームとはおかしいと思っていたが、これは……
(最高に楽しいじゃないか!)
その後も翠は気持ち悪いくらいに勝ち続けた。途中で楽しいというより、本当に気味が悪くなってきた。初めてやったゲームでイカサマをするなんて、その道の人間でなければ出来るはずもない。フェリーサや男二人もある程度ペアを作ってテーブル上に晒すなどして、上がろうとしていたがどうしても最後には翠が上がってしまう。そうして連勝した翠の元には点棒ではなく多くの貨幣が集められていた。連敗に呆れた男たちは翠とフェリーサを異様な目で見ながら、賭場をそそくさと出ていってしまった。
フェリーサは何食わぬ顔でまたウェイターを捕まえてを注文した。翠の前に飲み物が持ってこられると、フェリーサはグラスを掲げた。その顔は度重なる勝利でテンションが上っているのか、赤らんでいた。
"
"
良く分からないが翠もフェリーサの真似でグラスを上げると、彼女は"
そんな翠の背中をフェリーサは心配そうに撫でていた。
"
"
"
冷静に答えるフェリーサに翠は驚かざるを得なかった。翠が慣れていないだけかもしれないが、これだけ強いお酒をフェリーサも飲んでいるということになる。この国では未成年飲酒が法で禁止されていないのかもしれない。腕をナイフで刺して大人らしさを見せれば未成年でも飲酒が出来るということだろうか?適当すぎやしないか……。
そんなことを考えているうちにフェリーサに格好の悪いところを見せていることに気づいた。話を転換させようと、鼻腔に残るアルコール臭に喘ぎながらフェリーサの方に向き直る。
"
"......
失礼なことを訊くという表情には一切ならず、逆に誇らしいと思っているような表情でフェリーサは頷いた。テーブルのカードを一つ取って見せる。札の裏には見えるか見えないかくらいの傷が電灯の中で光っていた。
"
"
恐らくここで使われている"
それにしても、翠を勝たせるためには手札を予測できている必要があり、イカサマだとバレないためには後の二人にペアを作らせる札を出して、翠の有効札を捨てさせる必要があったはずだ。それを考えると彼女の実力は驚くべきものだった。自力で勝ったものじゃないと落ち込む以上にフェリーサの技術に純粋に尊敬していた。
"
フェリーサはグラスをテーブルの上で揺らしながら打ち明けるように小さな声で呟いた。先程の勝利のテンションも、イカサマの言い分けも何処へやら、俯きながらもその声はどこか昔を思い描いているような雰囲気。思ってみれば、レトラに居たときも頻繁にセーケをしていたのはフェリーサだった。初めてセーケを知ったのも彼女がその存在を教えてくれたからだった。
"
"
声色から何か大切な話をしていることは重々分かっていた。それでも単語が分からなくては何の話をしているのかが良く分からなかった。フェリーサは翠を見上げたが、視線をそらして何度か頷いてからまた翠の方を向いた。
"
フェリーサはまたいたずらっぽい笑みを浮かべて腕を突いてくる。いきなり日本語の話を振られて、頭をフル回転させた。リパライン語を聴いているモードのときは日本語のことは一切頭の中には浮かばなくなっていた。
"
"
フェリーサは何回かじゆーじゆーと発音してから、くすくすと笑った。どうやら語感が気に入ったらしい。"
"
"
そういうとフェリーサはかふらふらとしながら翠に迫ってきた。アルコールの匂いがするが、至って真面目な表情で肩を寄せ合っていた。それが今までの彼女の翠への信頼の証だと言わんばかりに完全に気を許していた。
"
"......"
どうやら、"vi'art"は「同じの、等しい、平等な」というあたりの意味なのだろう。現状に絡めて伝えようとしてくれたフェリーサは必死そうに見えた。昨日も翠が皆を救えると最初に言い始めたのは彼女だった。酔っていようともそれを率直に言えるのは心の奥底から翠を信用しているからなのだろう。ここまで信用されているのに答えずに居られるだろうか。
そんなことを考えているとフェリーサはいつの間にか肩を預けたまま眠ってしまっていた。静かに寝息を立てながら眠る彼女の頭をゆっくりと撫でながら、決心と共に呟いた。
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