卌日目

#218 不真面目なケートニアーの自己紹介


 翠たちは寮に帰るという選択を誰も言い出せずに居た。何かに怯え続けているシャリヤは元より口数が少なくなっていたが、翠たち四人を先導するエレーナが帰ろうと言わないのは見てきた状況があまりにも深刻だったからだろう。

 そしてもう一人の少女――フェリーサに翠は早朝に引っ張り起こされて、手を掴まれて家の外に出されてしまっていた。はっきりと開けることも覚束ない目で見えるのは青白い早朝らしい空の色とポニーテールの少女の背中だった。ポニーテールの先が歩く度に揺れるのを見ているといつの間にか寝てしまいそうで顔を町並みの方に向けていた。

 シャリヤもエレーナも寝ている早朝中の早朝にフェリーサが翠を叩き起こしたの理由は寝ぼけた頭を必死に回転させても思いつかなかった。


"Felircastiフェリーサ, harmue coどこに向かっ tydiestているの?"

"Ers velfezainal……だよ!"

"Hmふむ......"


 フェリーサは翠の手を引っ張りながら振り返って、嬉々として答えた。

 "velfezainalヴェルフェツァイナル"は以前賭け事をやっていた時に聞いた"velfezaino賭け事"に良く似ている。これが動詞につく動名詞化語尾"-o~すること"が付いたものだとすれば"velfezainヴェルフェツァイン"は恐らく「賭ける」という意味なのだろう。"velfezainal"は語幹にする場所を表す名詞化語尾"-al~する場所"が付いたもので「賭博場」のことを表すのだろう。

 ここまでリパライン語を理解したところで翠は何故早朝叩き起こされて賭場になど行かなければならないのか皆目見当が付かなかった。数十分もすれば賭博場に着いて、翠の意識もはっきりとしていたがフェリーサを帰らせようにも帰り道が全く分からなかった。彼女に付いて賭博場らしき建物に入っていく以外どうしようもなかった。


"Salarちわ~."


 フェリーサはリパライン語で挨拶しながら、入り口のドアを開けた。これまでリパライン語は否定されてばかりだったのに誰が居るか分からない場所に向かってその言葉で挨拶するのは彼女らしい傍若無人さと思える。

 彼女は適当な机を見つけようと目で物色していたが、翠には店の中から向けられるむさくるしい男たちの総合すれば「場違い」と結論付けられるだろう視線にため息を付くしか無かった。確かに学校のジャージを着た中学一年生くらいに見える少女が裏社会的な賭場に恐れ知らずのように入ってきたら入り浸ってようがそうでなかろうが興味を引くだろう。

 そんな考えを反映するかのようにフェリーサも翠も目を向けていなかったテーブルの方から声がした。


"Ininiイニニ usaウザ, dipaiディパイ cauyauサユァウ utuirウトゥイー?"

"Kaisaカイザ?"

"Chesimチェズィム. Asinaアズィナ asukamoアズカモ hiyanuヒユァヌ aimarアイマー."


 アイル語で会話するとフェリーサは微笑みながら、声の掛けられたテーブルの方へと向かった。翠もそれに付いてゆく。テーブルには既に三人の黒髪黒目のPMCF人らしい男が座っていた。恐らく四人向けのゲームで人数が足りなかったのだろう。

 テーブルには前回見たカードが準備されていた。フェリーサはジャージのポケットをまさぐって紙幣一枚と小銭をいくらかテーブルに出した。後ろに立つ翠にはその金の出処がさっぱりだった。フェリーサの耳元に近づき聞こえないくらいの小声で耳打ちする。


"Ejおい, harmue lerどこから icve laそのお金 lexe'd arte'elが出てきたんだ?"


 フェリーサはくすぐったそうに身じろぎしてから、自分のズボンのポケットを指さした。耳打ちされたことが恥ずかしくも嬉しいかったようだが、訊きたいことはそうじゃない。


"Niv違う, mi nun eso俺が訊きたかったのは la lexe's harmae'dそれは誰のお金 arte'ele'cなんだってことだ!"


 フェリーサは翠が言っていることが分からないという風にわざとらしく目を瞑りながら首を左右に振ってみせた。言葉で答えないのが苛立たしかったが可愛さに免じてそれ以上追求することは止めた。ややもすれば男たちは札をシャッフルして、ゲームが始まった。

 フェリーサは破竹の勢いでどんどん勝ち進んでいた。フェリーサのイカサマの手法は分かっていたが、袖を観察していてもそこに札が入っていくのは見えなかった。今回はイカサマをしていないのか、それとも翠にすら見えないように巧妙にどこかに入れているのかは分からない。みるみるうちに山札の札は無くなり、ゲームが終了する。男たちもある程度上がりがあったもののフェリーサは圧倒的に点数を付けていた。


"Fhurふー, tunukirトゥヌキー!"


 ゲームを終えるとフェリーサは満足げに両手を挙げて喜んでいた。一緒にゲームを行っていた男たちもそれを見てお互いに顔を見合わせて微笑ましそうに見てから賭けていた金を一気に彼女の方に集める。翠には自分が何故彼女の圧勝を見せられているのか理解できていなかった。確かに彼女は以前翠と賭け事をすると言っていたが、それでもこの状況で行く理由は見いだせなかった。

 そんなフェリーサはテーブルを行き交っていたウェイターをいつの間にか捕まえていた。


"Naiwoumaナイウォウマ!"


 高らかに注文したフェリーサに男たちは焦ってテーブルから身を乗り出すようにして止めようとしていた。


"Kattumaカットゥマ naiwoumaナイウォウマ muoムォ liworリウォー a."

"Katuカトゥ?"


 フェリーサはそんな男たちに呆れた顔を向けた。男たちはそんな顔を向けられたのが何故なのか分からないと言わんがばかりに苦笑を浮かべてお互いに見合わせた。すると、彼女はおもむろにポケットの中から革のケースに収められた何かを取り出した。ボタンを外すと白銀色に光る表面が見えてくる。小型のナイフだった。


(まずいんじゃないか……)


 瞬間的に翠の脳裏に浮かんだのはフェリーサが乱闘を始める姿だった。彼女が直情径行ストレート・ガールだからといって、いきなり人を切りつけるとは思えない。だが、この状況でナイフを取り出す理由も良く分からなかった。翠は止めねばならないと焦りながら、フェリーサに近づいた。


"Felircaフェリーサ, la lexそれは――"


 次の瞬間、フェリーサが切りつけていたのは彼女自身の上腕だった。彼女の幼い肉に深く切り込み、刃を伝って瑞々しい赤色が腕を濡らしていた。


「ふぇ、フェリーサぁ!?」


 目の前で起こったことが衝撃的過ぎてついつい日本語が出てしまう。衝撃的だったのはその行動だけではなかった。フェリーサはさも蚊に刺された程度のような顔をして刃を抜いて、ハンカチを取り出し拭いてから、革のケースに納めていた。男たちやウェイターもそれを見て、完全に引いているわけではなくなるほどと納得しているような顔になっているのも良く分からなかった。この国の賭場は異常者だらけなのだろうか?

 翠はショックで高まる鼓動を抑えながらフェリーサの腕を掴んだ。ナイフを拭いていたハンカチを彼女の手から引ったくり、傷口に当てて強く圧迫した。直接圧迫止血法というもので大体はこれで止血が可能らしいことは以前インド先輩に教えてもらったことがある。


"Harmie co es e'iやってるの, xij cenesti翠さん? Mi es私は kertni'ar ja……だよ."

「何って……だって、血が――」


 フェリーサは怪訝そうに傷口を圧迫する翠の手を退けて、そのままハンカチで腕を拭いた。傷口があるはずの肌には傷一つ無く、美しい肌のままだった。彼女は疑問の眼差しで翠を見ていた。

 フェリーサが"cenesti"と呼ぶのは珍しい。それほどに翠の行動に戸惑っているらしかった。周りの男達はそれを見て、お互いに顔を見合わせて笑っていた。ウェイターは何処かからか戻ってきて、平然とフェリーサの前にグラスを置く。


(俺がおかしいのか?)


 そう考えざるを得なかった。

 良く考えてみれば、翠には怪我や殺されたと思ったのにそうならなかった経験は何度でもある。レトラで撃たれても無傷、ビェールノイに撃たれた傷もいつの間にか癒えていた。エレーナに叩かれたときの額の血もヒンゲンファールに拭いてもらったときには傷が無かった。だが、あれはエレーナが怪我をしていたというわけでもなかった。もしかしたら何か関係があるのかもしれない。

 そんなことを考えていると、フェリーサがじっと見つめて来ているのに気づいた。目が合うと彼女は何かを理解したようないたずらっぽい笑みを浮かべた。


「な、何…… Harmieなんだよ?"

"Molkkaver勝者は letix lex飲む… knloan nirfe…を持つよ."


 フェリーサは"nirfeニーフェ"と言ったところでグラスを持ち上げて左右に振った。言葉は分からないが、煽っていることだけは理解できた。


"Nirfe es harmieニーフェってなんだよ?"

"Cene es e'iしても良い. Olまたは, Cene es niv e'iしなくても良い. Ers la lexe'd iuloってことだよ. Co duxienもし働いた felx wioll coらお金を貰う letix nirfe zu……を持つ icve arte'elことになるね."

"Hmふむ......"


 文脈的には"nirfe"は「権利」だとか「資格」だとか、そこらへんの意味になるのだろう。言葉を理解すると完全に煽りだったことまで理解できてしまった。

 真面目な説明を終えたフェリーサはグラスを呷って、美味しそうにため息をついた。勝利の後の一杯は格別だとか言いたげの表情だ。まあフェリーサは子供だからお酒を飲んでいるわけがないが。


"Selene co飲み knloanたい?"

"Merまあ, jaそうだな."


 本当はそうでもなかったが、いいえと言うと話がこじれそうな気がしたから頷く。すると、フェリーサは翠の手を引っ張った。目と鼻の先に彼女の顔が来て柑橘系の匂いがふわりと感じられた。


"Malそれじゃ, lecu co私と一緒に velfezain遊ぼう mi'tj!"

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