十九日目
#97 決められたレール
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目の前のイェスカは怪訝そうに目をすぼめてこちらを見てきた。テーブルの上にはレトラの市民評議会がまとめた報告書が何枚も並んでいた。報告書を挟んでイェスカとヒンゲンファールは向かい合ってカフェの一角に座っている。
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イェスカの問いにヒンゲンファールは目を伏せて短く答えた。長いポニーテールの先が淡々と肯定するその声と共に少し揺れる。
事は数日前のレトラへの侵攻から始まる。私はしっかりとフィシャがレトラへの侵攻を補助していたという証拠を突き止めた。結局のところ、政府軍との内通に利用していた地下道は爆破されたわけだが、秘密の地下道があってフィアンシャに内通者が居たということは市民評議会や党に情報が行っていた。とりあえず、情報を得るために地下室と地下道の調査を行うことになり、崩落した石を掘削して取り除き、様々な調査を行った。
今回はその報告書をイェスカと精査して、方針を直接聞いていくという予定であった。
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報告書を指ではじいてイェスカは言った。
地下室と地下道の調査はレトラの市民評議会を通して、出来るだけ情報を隠匿して行われた。信用できる党のシンパ、オルグメンバーのうち市民評議会に浸透している人間を選んだ。レトラ襲撃後の瓦礫の撤去という名目で、夜間に人目に掛からないうちに作業が行われた。ここまで慎重にやったのは、未だに政府側の人間がこの街に潜んでいる可能性があって、証拠隠滅やさらに情報が外部に漏らされることを危険視していたからである。
しかし、報告書はフィシャの遺体の存在を認めなかった。死んだ人間など政府側にとってはどうでもいい存在のはずだ。フィシャの遺体は一体どこへ行ったのだろう。この問題は、レトラの情報がどれだけあちらに漏れたかということでもある。
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イェスカは吐き捨てるように言った。顔を背けて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
私――ヒンゲンファール・ヴァラー・リーサは図書館の司書をとして日常を過ごしているが市民には知られずに有事において党の意志を貫徹する役目を持っている。この存在が相手側に知られれば、面倒なことになるに決まっていた。
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言葉を濁している。直感的にそう思った。
イェスカはあまりはっきりしたことを言いたくないときは自分のマクロな世界観を映し出し始める癖があった。その癖は自分が研究院で彼女と会ってからあまり変わっていない。なのですぐに分かった。
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聞いたこともない名前だった。知ってる名前で一番近いものといえば、ヤツガザキセンだが間違えるにしても音が変わり過ぎだ。もしかしたら、彼の家族について何か知っているかもしれない。
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イェスカはまた怪訝そうにこちらを見てきた。一体何か間違えたことを言っただろうか。そう思って言ったことを頭の中で再度咀嚼する。彼女は確かに"xorta"と言ったし、家族を知っていると思って質問してみた。それだけだった。
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なんだか異様だった。
彼女は人の名前を間違えて覚えるような人間ではない。一度でも合えば顔と名前が一致するような、それくらい人物を覚えるのが上手という印象があった。
最終闘争――政府を破壊する最後の戦争が近づいていて彼女も焦っているのだろうと思っていた。それにしても、ショウタなんて名前は聞いたことがない。少なくともリパラオネの名前ではない。ラネーメでもショウタなんて名前の人物は聞いたことがない。するとリナエスト人の名前か。
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うつろな目でカフェの外を見ながら、言葉が唇からだらしなく垂らすように漏れているように聞こえた。目が据わっているし、いつものように他人をバカにするほどの活気すらも感じられない。
私は何とも言えない心情に駆られた。
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いきなりの大声に驚いたのか、イェスカはびっくりしてヒンゲンファールを仰ぎ見た。彼女は自分がどんな状態であったかに気付いたようで、悔しそうに唇を噛んだ。
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一気に言い切って気付く。イェスカはヒンゲンファールの話を聞いていないように何かを深く考えている様子だった。多分私の叫びの一割も彼女の耳の中には入っていないだろう。そう感じるくらいに考えることに没頭しているらしかった。
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ヒンゲンファールはため息をついた。これ以上イェスカの不思議ちゃんじみた会話に付き合ってられないと席をたとうとした。
しかし、イェスカは"
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普段の口調に戻ったところで、ヒンゲンファールはちゃんと話を聞いてやろうという気に戻って、浮かせた腰を下げることにした。
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