#123 辞書探し
この学校の図書室は、どうやら三階にあるらしく翠の教室のある二階からは階段を通して行く必要があった。時間が時間なので、授業が終わって気が抜けている生徒たちが階段の踊り場にたむろしている。何について会話しているのか耳を傾けてみるも必ずしもリネパーイネ語で話しているというわけでもないようで理解することはできなかった。リネパーイネ語で話していても完全に理解することは難しいと思うが。
相変わらず黒髪と銀髪だらけのこの世界の人ごみを見ると、囲碁の石を散りばめたように感じる。その間を縫うようにして通り抜け、階段を上がると、踊り場の奥の方に教室名を書いた札がドアの上に掛かっているのを見つけた。
「ここがクランティルヴィルだな……?」
腰に手を当て、疲れ気味に呟く。階段を上がるだけで息が上がるとはどれだけ運動していないのかという感情になってくる。ただ、もうこの異世界に来てから四週間は経っている。転生前に運動不足だのなんだのという言い訳はここにきて使えなくなってしまったわけだ。運動部に入るなり、レトラでランニングを始めるなり運動不足を解消せねばなるまい。インド先輩のように週一でカラオケに行って喉を壊すようなことが出来ればそれがいい。ただ、この異世界にカラオケがあったとして、万が一にも
ドアの上に掛かっている札には"
ドアは普通の敎室とは違い引き戸になっていた。他の敎室は大抵ドアノブが付いている割と厚めのドアによって仕切られている。開けようと取っ手に手を当て、力を入れる。
(ん……?)
鍵が掛かっているのか、ドアは何かに引っかかっているようにして動かなかった。一瞬、図書館はもう既に閉まってしまったのかと思ったが、ドアの横に書いてある"
「――せいのっ!」
何かの引っ掛かりが外れて、ドアは勢いのまま引かれて大きな音を立てて壁に衝突し、静止した。ドアが開いたことは良かったのだが、図書室の中からは非難めいた視線が翠に投げかけられた。司書らしい人が何があったのか驚いたようでこちらに駆け寄ってくる。ドアを開けたまま固まっている翠を見て、彼は頭を掻きながらドアが大丈夫か眺めていた。
"Shrlo le ircalart lot
"
言っていることは三語くらいしか分からなかったが、多分「もう少しゆっくり開けてくれ」みたいなことを言っていたのだろう。司書さんはそのまま本の整理にまた戻って行ってしまった。
(あの司書さんもまさか機関銃をいきなり取り出したりはしないような。)
レトラの非常識ワンマンアーミー、ヒンゲンファール・ヴァラー・リーサ女史がこの世界の司書さんのステレオタイプだとは絶対に思いたくない。静電気だけでキレて、機関銃をぶっ放し始めるような人間が司書として自然数n人居ると考えただけで背筋が凍る。そんな世界、命がいくらあっても足りないだろう。ヒンゲンファール女史みたいのを集めて世紀末司書伝説でも始めるつもりか?
冗談はさておき、ドアをしめて、図書室を見渡す。入口の割には蔵書は結構多そうに見えた。机と椅子が並ぶスペースや貸出返却カウンターの奥の方には高めの蔵書棚が並んでいる。
少し奥の方に入ると、本がどのように配置されているかという良くある図が貼られていた。"
「……。」
シャリヤの家から持ってきていた愛用の辞書は、今日家に忘れてしまっていた。あの辞書が一番使いやすく、慣れ親しんでいたものだった。毎度の授業ではテキストがプリントされて配られるが、書いてある内容が大抵さっぱりなものが多い。家に帰るまでには時間が掛かるうえ、辞書が無ければ内容を理解することは不可能だ。だからこそ、リパライン語補修クラスが始まる前に辞書を借りに来たというわけである。
「よし、探すか。」
翠は本の配置図を確認して、さらに奥の"
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