#124 押し込まれた本


 "lkurftless言語"と書かれた下には古そうな木の枠組みで作られた本棚にびっしりと本が入って並べられていた。古びた木の表面はところどころささくれがあったり、削れているところがあったりする。それでも素朴な木の感触に囲まれていると思うと心が安らいだ。

 確かにこの本棚には言語に関連がありそうな本が並んでいる。並んでいる本の内には"vefisaitヴェフィザイト lkurftless", "phertarsvirleペータースヴィーレ語", "takangvirleタカンヴィーレ語", "pergvirleペーグヴィーレ語"という見覚えのある単語が目に留まった。


(確か、この単語はレトラの図書館の言語の棚にもあったよな。)


 幾つかの単語には「言語」を表す"lkurftlessルクーフトレス"は付いていないが、その付いていない単語の語尾は全てが"-virleヴィーレ"というのが付いている。多分、これも言語名を表す語尾か何かなのだろう。日本語では言語を表す時は「語」を最後に付けるし、スワヒリ語ではki-を語頭に付ける。そのようにリネパーイネ語では、語尾に"-virle"を付けるようになっているのだろう。だが、それでは"lkurftless"を後置するのとは何が違うのだろうか。確かに地球の言語で考えれば、タミル語ではラテン語のことを"இலத்தீன்イラッティーン"と呼び、ケルト語のことは何故か"கெல்டிக்ケルティックமொழிモリ"と「ケルト」と「言語」の二語の合成語で表す。インド先輩によると表現の違いでしかないとか言っていたがそういうものなのだろうか?

 というか、そもそもリネパーイネ語は"lineparine"だけで言語名を表していたはずだ。すると、「リネパーイネ語」は二重表現で正しくはシャリヤたちの民族を表す形容詞の"lipalainリパラインの"を使って「リパライン語」というべきなのだろうか。まあ、日本語でどう呼ばれようとこの異世界人の多くは一生日本語に触れることはないのでどうでもいい話なのかもしれない。ただ、「リネパーイネ語」だとなんだか間抜けな気がするのでこれからは「リパライン語」で読んでいくことにしよう。


(……っと、そんなことはどうでもよくて。)


 頭を振って、目の間の言語棚にある辞書探しに戻る。棚には、辞書とは思えないような厚みの本もいくらかあった。そういったものは辞書ではなく語学書やら言語学関係の本なのだろう。この世界の言語学が一体どのようなものなのか気にならないわけではない。しかし、今のリパライン語力で読めるものではないだろう。

 棚の上のほうを見上げると厚めの本が並んでいる。シャリヤの家にあった辞書と同じような辞書っぽい本が幾つか並んでいた。手を伸ばすと辞書に手は届くものの少し高いところにあるからか、取り出しにくい。しかも、隙間なく本が押し込まれているので一つ辞書を取り出そうとするとその横の辞書も飛び出してきた。

 横から飛び出してくる関係のない辞書やら本を抑えながら、翠はやっとのことで辞書を取り出した。取り出す時に姿勢が変になっていたので、背表紙は見えなかった。だから、一体何の辞書を取り出したのか良く分からなかった。


「何だこれ、"vefisaitヴェフィザイト lkurftless ad lineparine'dリパライン語の levip辞書"?」


 どうやら全く違う辞書を取り出していたようだ。また、変な姿勢でつま先立ちになって辞書を棚に戻す。辞書のある古びた木の棚の上方を眺めながら、翠はどうにかしてリパライン語の詳解辞書を取り出せないかと考えていた。


"Faiséフェス qoinéクワン lysリュス saileセレ......?"


 棚を見ながらぼーっとしていると、リパライン語らしからぬ発音が後ろから聞こえた。後ろから女子生徒が本棚を眺めているようだった。制服の前をしっかり閉め、髪はショートでクールな印象を受けた。手に持っていた台を翠の真横に置いて、その上に立って辞書のあるところを指でなぞりながら、何かを探している様子だった。

 彼女もリパライン語補習クラスに来るような非母語話者の子なんだろうか。そんなことを考えていると、彼女の腰に巻き付けられたものに目がひきつけられた。


(刀……?)


 この世界が剣と魔法の異世界ではないことはこの数週間のうちに十分といって良いほど身にしみて感じているところであるが、ここにきて帯刀している生徒なんかを見て良いものなのだろうか。

 腰に巻き付けられているのは鞘に納められた何かだった。持ち手の形状から刀が入っているのだろう。鞘には植物を象った金色の細工が施されている。それはじっくりと見入るほどに美しかった。


"Elfiaileエルフィエレ kyèhaisキュイェ anfilèアンフィル qouirクウィール゛......!"


 当の本人はお目当ての辞書を見つけたようだが、さっきの翠と同じようにその辞書を取り出すのに苦労しているようであった。引っ張ってもなかなか出てこない辞書にイラつきを隠せていない。可愛げがあるといえば可愛げがあるんだろう。しかし、ただそれを見ているだけでは可愛そうだと思い手伝おうと思って、彼女が取り出そうとしている辞書の方へと手を伸ばした。これで手が触れて、恋が始まる……などという下心はさておき「手を貸そうかCo karx celdino mi'st?」と言おうとしていた。


"「Ar」"


 しかし、手を伸ばした瞬間に辞書がすっぽ抜けてしまっていた。翠も帯刀少女も辞書が手に入ったことで気の抜けた声を出してしまっていた。少女は急に辞書が取れて、バランスを崩しかけて台から落ちそうになりながらも寸でのところで持ち直した。ほっとするのもつかの間、少女が取り出した辞書の横から勢い余った飛び出したもう一つの辞書が彼女の額へまっしぐらに向かい衝突した。

 少女は今度こそ確実にバランスを崩してくらりと台から足を踏み外した。


「危ないっ!」

"Bailéベール!"


 彼女が何を言っているかはよく分からない。しかし、翠の手は彼女を受け止めるために本能的に動いていた。

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