#328 もう何も怖くない?
医者の言っていたとおり、そのあとシャリヤはすぐに回復してくれた。一時は「ヨーロッパからもたらされた新たな感染症で、南米の先住民は大量に命を落としたんだぞ。異世界人が異世界の風邪に掛かって無事で居られるのか?」などと考えてもしょうがない悩みがぐるぐる回ったものだが、結局何もなく無事健康体のシャリヤが戻ってきたのであった。
この日は谷山との翻訳の進捗に関しての打ち合わせがあった。彼は「全部翻訳できていなくても構わない」と言っていたが、今やっている文書の末尾が中途半端に残っていたので終わらせてしまいたかったのだ。
(む……?)
シャリヤは窓から東京の街を見下ろして、たそがれていた。なんともつまらなさそうな表情。確かによく考えれば、彼女に出来るのは俺と喋るか街を観察することくらいで、しかもこの部屋にほとんどすし詰めになっているのだ。
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いきなり声を掛けられたシャリヤは驚いた様子だった。
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そう尋ねると、シャリヤは蒼い目線を巡らせながら悩む表情を見せる。
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シャリヤがとても真面目な娘だったということを失念していたというか、まあ当然の返しだったというか。彼女はまたまた頬に手を当て考える仕草をした。
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確かにユエスレオネに転移してから、暫くは図書館で勉強していたものだ。しかし、彼女にも同じ轍を踏ませる必要はあるのだろうか。何かもっと賢いやり方があるような気もしたが、具体的な方策は思いつかない。
シャリヤは優しげに微笑みながら、その蒼色の瞳で俺を見つめた。
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"
このときから悪い予感が少ししていた。
どうやら図書館は近くにはなく、地下鉄を使って隣町にまで行く必要があるらしかった。というわけで、シャリヤを連れて地下鉄の駅に立っているわけだが、彼女は通り抜けていく列車に一々身を震わせて怖がりながらも、好奇の視線を外せない様子だった。
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そういって向かいのホームに止まっていた列車を指差すと、シャリヤは首を振る。
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直接指していっている "
尋ねると、シャリヤは両手で小さい円を描いて "
なるほど、「小さい」と「大きい」か。
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日本に来てまで「イェスカ」の名を訊くとは思わなかった。長ったらしい列車の名前の末尾に自分の名前をつけるとは、とんだおえらいさんだ。
「おっ、来たみたいだな」
チャイムとともに列車が到着する。ホームドアが自動的に開くのをシャリヤはこれまた興味深そうに眺めていた。乗り込むと、彼女はそわそわした雰囲気で車内を見回した。
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どうやら "
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シャリヤが腕組してぷいっと顔を背けた瞬間、ドアが閉まって電車は動き出す。同時に声にならない悲鳴を上げて彼女は俺に抱きついてきたのであった。
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数秒してからシャリヤは俺の胸から顔を離した。雪のような白い頬が真っ赤に染まっていた。窓外に目を向けても、そこは地下の暗闇の世界。ただただ、自分の羞恥に染まった顔が映るだけで、彼女の恥ずかしさを助長しただけだったようだ。
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そう言いつつ、シャリヤは電車に乗っている間、ずっと俺の手を離さないのであった。
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