#328 もう何も怖くない?


 医者の言っていたとおり、そのあとシャリヤはすぐに回復してくれた。一時は「ヨーロッパからもたらされた新たな感染症で、南米の先住民は大量に命を落としたんだぞ。異世界人が異世界の風邪に掛かって無事で居られるのか?」などと考えてもしょうがない悩みがぐるぐる回ったものだが、結局何もなく無事健康体のシャリヤが戻ってきたのであった。

 この日は谷山との翻訳の進捗に関しての打ち合わせがあった。彼は「全部翻訳できていなくても構わない」と言っていたが、今やっている文書の末尾が中途半端に残っていたので終わらせてしまいたかったのだ。


(む……?)


 シャリヤは窓から東京の街を見下ろして、たそがれていた。なんともつまらなさそうな表情。確かによく考えれば、彼女に出来るのは俺と喋るか街を観察することくらいで、しかもこの部屋にほとんどすし詰めになっているのだ。


"Xalijastiシャリヤ."

"Arあっ, merえっと, harmieどうしたの?"


 いきなり声を掛けられたシャリヤは驚いた様子だった。


"Lecu miss eski翻訳が終 tydiest ekcejわったら fasta elx少し出か akrunftilようか."

"Jol la lex es vynut良さそうだけれど pelx wioll harmueどこに行く miss furdzvok molつもりなのかしら?"

"Joppえっと...... Fal cirla実を言えば, mi tisod nivそれについては mels la lex考えてなかったんだ. Co letix fhasfaどこか行きたい zu elx seleneとこはあったり tydiestするか?"


 そう尋ねると、シャリヤは蒼い目線を巡らせながら悩む表情を見せる。


"Mi set qune私、この世界 niv melsのことはあまり fqa'd unde知らないの. Magだから, selene mi veles翠に色々 elx kantio ceneと教えて'st mels loler欲しいの iulo......"

"Hmmううむ......"


 シャリヤがとても真面目な娘だったということを失念していたというか、まあ当然の返しだったというか。彼女はまたまた頬に手を当て考える仕草をした。


"Ers krantjlvil ad et図書館とか?"

"Jol wioll ceneきっと読めない niv co krante jaと思うけどな."

"Paでも, Cen at lersse翠だってレトラの fal krantjlvil zu図書館で勉強した mol retlaじゃない. Magだから, cene co krante今リパライン語が lineparine fal no読めるんでしょ."

"Merあぁ......"


 確かにユエスレオネに転移してから、暫くは図書館で勉強していたものだ。しかし、彼女にも同じ轍を踏ませる必要はあるのだろうか。何かもっと賢いやり方があるような気もしたが、具体的な方策は思いつかない。

 シャリヤは優しげに微笑みながら、その蒼色の瞳で俺を見つめた。


"Sysnul io今日は kanti nihona私に日本語のvirle'd lyjot mi'c文字を教えてよ."

"Jaああ......"


 このときから悪い予感が少ししていた。



 どうやら図書館は近くにはなく、地下鉄を使って隣町にまで行く必要があるらしかった。というわけで、シャリヤを連れて地下鉄の駅に立っているわけだが、彼女は通り抜けていく列車に一々身を震わせて怖がりながらも、好奇の視線を外せない様子だった。


"Yuesleone ioユエスレオネには fqa xale morsこういうのは mol niv無いのか?"


 そういって向かいのホームに止まっていた列車を指差すと、シャリヤは首を振る。


"Fqa xale letokこれみたいな…… mol niv paは無いけど le xerf letokよりシェーフな…… mol edixaはあったわ."

"xerfシェーフ?"


 直接指していっている "letokレトック" は「列車」か「電車」か「鉄道」か、そこらへんの意味だろう。あと分からないのは "xerfシェーフ" だが、級前置詞である "le" があることで品詞は形容詞か副詞であることが分かる。あとは意味が分かれば完璧だった。

 尋ねると、シャリヤは両手で小さい円を描いて "Ers jyviedユヴィェドだ." と言い、次にその円を広げて "Ers xerfシェーフだ." という。

 なるほど、「小さい」と「大きい」か。


"Ferlkestan es名前は...... metistaたしか la pikierremarラ・ピキェーレマーlisi'arnovuju'dリズィアーノヴユの jeska jaイェスカだったかしら."

"Hmmふむ......"


 日本に来てまで「イェスカ」の名を訊くとは思わなかった。長ったらしい列車の名前の末尾に自分の名前をつけるとは、とんだおえらいさんだ。


「おっ、来たみたいだな」


 チャイムとともに列車が到着する。ホームドアが自動的に開くのをシャリヤはこれまた興味深そうに眺めていた。乗り込むと、彼女はそわそわした雰囲気で車内を見回した。


"Jolこれって...... fqa fudiur jaフデューするのよね?"

"fudiurフデュー?"

"Jaええ, ers fqaそれが行 tydiestoくことよ."


 どうやら "fudiurフデュー" というのは「動く」という意味らしい。「これは動くのか」って聞いてたってことか? 電車なのだから、当然だろう。


"Metista co ydicelもしかして怖いのか?"

"N, niv違うわ! Mi niv ydicel何も怖くないもの."


 シャリヤが腕組してぷいっと顔を背けた瞬間、ドアが閉まって電車は動き出す。同時に声にならない悲鳴を上げて彼女は俺に抱きついてきたのであった。


"Xalijastiシャリヤ, Ers vynut大丈夫か?"


 数秒してからシャリヤは俺の胸から顔を離した。雪のような白い頬が真っ赤に染まっていた。窓外に目を向けても、そこは地下の暗闇の世界。ただただ、自分の羞恥に染まった顔が映るだけで、彼女の恥ずかしさを助長しただけだったようだ。


"Mi ydicel niv ja怖くないんだから......"


 そう言いつつ、シャリヤは電車に乗っている間、ずっと俺の手を離さないのであった。

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