#327 斜格主語とうさぎと過去と
「……っと、こんなもんか?」
そう呟きながら、出来た訳文を眺める。
「シェルケンは知る権限を持っている。それが何を示しているのかは皆分かることだろう」という感じだ。韻を踏んだ文の訳を考えた結果がこれだった。もしかしたら、もっと上手く訳せる人も居るのかもしれないが一端の高校生に出来ることなど、たかが知れている。
そもそも、この翻訳は文芸翻訳なんかではないのだ。韻の踏み方が下手なのを指摘するのはお門違いというものだ。
そう思いつつ、俺は次の文章にまた目を向けた。
"
(なんだこれ……?)
ひと通り見て、出てきた感想がそれだった。この文には主動詞がないのだ。他の言語ならまだしも、リパライン語の文章に主動詞がないことは珍しい。リパライン語で単独で立つことが出来るのは間投詞や呼格の付いた名詞くらいだからだ。そして、そういった文は文と言えるか怪しいくらいに短いし、口頭の会話くらいでしか出てこない。だからこそ、そこから怪しかった。
しかし、そういった怪しい点を除けば "
(引いてみるか)
近くに置いていた詳解辞書に手を伸ばす。シャリヤに聞けない以上、今はこいつに頼るほか方法はない。小口をなぞって、「
これはつまり「後悔する」という意味なのだろうか。意味はよく分かったが、奇妙な点は主語が来るところに "d" が来ていることだった。大抵ここは主格を表す "s" が置かれるはずだが、どうやらこの動詞は例外で主語を属格で取るようだ。確かインド先輩が言っていた、斜格主語というやつだろうか。フィンランド語にはどうやら属格主語が存在するらしい。
さて、主語を属格で取るということさえ分かってしまえば、あとは簡単だ。つまり、さっきの文章は「我々はここの人間に様々なことを知られたのを反省しなければならない」という意味に取れるわけだ。
さて次の文、と行く前にふとシャリヤの様子を確認してみる。
未だにぐっすりと寝込んでいるが、起きた後どうしたものか。確か医官は栄養のあるものを食べさせろと言っていたが、そう言われても悩んでしまう。
(……とりあえず果物でも切っておくかな)
そう思って、文書を置いて椅子を立ち上がる。備え付けの冷蔵庫を開くと、そこに幾つか果物が入っていた。りんごがあったので、取り出してナイフでくし切りにする。
思い立って、皮に切れ込み入れてうさぎりんごにする。起きたときのシャリヤの反応が楽しみだ。
"
「ビャァッ!」
驚きで背筋が一筋になってしまった。背後に立っていたのはさっきまで寝ていたはずのシャリヤだ。おかげで変な声が出てしまった。彼女の気まずそうな視線が暫くの間、痛かった。
"
"
"
"
パジャマ姿のシャリヤは視線を迷わせて髪を弄びながら、俺の言葉を受けていた。
"
"
そう言いつつ、俺は彼女の目の前に切ったリンゴを入れた小皿を出した。シャリヤはそれを見ながら、頬に手を当てながら考えるような顔をする。
"
問に頷くと、シャリヤは一つとって不思議そうにその形状を見ていた。うさぎの形に切るというのもおそらくユエスレオネには無いのだろう。そんなことを考えていると、しゃくりと一口。
咀嚼を繰り返すうちにシャリヤの表情は明るくなっていった。
"
そこまで聞いて、やっと分かった。つまり "
それはともかく、彼女に昔のことを思い出させてしまった。しかも、消えた親のことを。これは些か残酷だったのではないだろうか。
"
反応に困る俺をよそに、シャリヤは昔を懐かしむようにりんごを見つめていた。
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