#329 一番読みが多い字


 しばらくすると、地下鉄は地上区間を走り始めた。窓に映る町並みをシャリヤはじっと見つめている。風景を見るのは旅の嗜みだ。自然豊かな車窓は見ものだが、一方で都会は都会なりの生活感が沿線に広がっている。

 また、地下に戻ってくるとシャリヤはしぼんだような表情になる。


"Harmie letokastanなんでまた電車は mak tydiestポルテインスに行って polteinse'lしまうの?"

"Polteinsestiポルテインス?"


 シャリヤは窓外の暗闇を指差して、問いに答えた。瞬時に "polteinsポルテインス" は「暗闇」ではないかという考えが浮かぶ。しかしそうではないこともすぐに理解した。方向を表す格接辞の "-'l" が付いている。つまり、場所――「地下」を表しているのだ。


"Miss furdzvok mol到着したらまた melx cene mak街が見れるように xel marlなるさ."

"Hmmむう......"


 ふくれっ面になるシャリヤはこれまた可愛いものだった。

 そんなこんなでお目当ての隣町に到着する。シャリヤはまだ電車に乗るのに慣れていないようで、電車を降りるのから改札を抜けるまでビクビクした面持ちで歩いていた。なんだか見てて心配になってくるが、出口を抜けると彼女はその開放感を喜ぶように伸びをした。

 今日の服装は白のフリルブラウスに、落ち着いた青のフレアスカートだ。清楚ながらも陽の光に輝く銀髪が凛々しさを付け加えている。以前のイメチェンとは打って変わって普段どおりの落ち着いた雰囲気だった。


"Malそれで, harmie tydiestel esどうやって行くの?"


 シャリヤの後ろ姿に見惚れていると、彼女は振り返って訊いてきた。はっとして我に戻る。


"Arああ, joppええっと......"


 駅前にありがちな周辺地図を見つけて、位置を確認した。図書館自体は駅の目の前に存在するのだが、確認するのに越したことはない。


"Metista es fqa'c多分こっちだな."


 しばらく歩いていると、ずんとした風体の建物が目の間に現れる。お目当ての図書館だった。見上げながら歩いていると、頭にぽつりと感覚が生じた。空はいつの間にか雲に満ちて、暗くなっていた。ぽつぽつと乾いた地面に点が振られていく。

 にわか雨だ。


"Ers rielied雨よ!"

"En fgir'lあっちのほうに入ろう!"


 天気予報を見ていなかったのが仇になったか。シャリヤを引っ張って、図書館の方まで全力でダッシュする。雨足は強まるばかりだったが、走るほか選択肢は無かった。

 図書館の入口付近に着いたときには膝に手をついて、肩で息をしていた。体力が無いのはいつものことだが、こういうとき忌々しくなってくる。


"Ers vynut ja大丈夫か, xalijaシャリヤ? Lus fqaこれを使え."


 ハンカチを取り出して、彼女に渡す。そのときやっと彼女の姿が目に入った。水も滴る良いなんとかとは良く言ったものだが、フリルブラウスは雨に濡れてところどころ肌色が透けていた。


"Edixa mi berrac……しちゃった."


 そう言いながら、彼女は濡れて体に張り付いた服の胸辺りをつまみ上げる。右脳はそんな艶めかしい光景をまじまじと見ながら、左脳では "berracべーラス" というのは「濡れる」という意味なのだと理解していた。

 10月――秋の雨は既に冷たかった。シャリヤはくしゅんとくしゃみをひとつした。


"Lecu miss en図書館に krantjlvil入ろう. Fqa io es nyここに居ると giupi'e寒いからな."

"J, Jaえ、ええ."


 こくこく頷くシャリヤは俺が渡したハンカチを握って、天井に掲げる。


"Mi klie fqa'c私はここに fua lersseo nihona日本語の文字を学びにvirle'd lyjot来たんだもの."


 臨むような彼女の表情に本来の目的を思い出す。入口の横にあった図書の配置図をなぞりつつ、辞書のあるところを探した。適当な教育漢和辞典を引っ張り出して、適当なページを開く。閲覧机でシャリヤと共に覗き込んだ。


"Kandzi stieso'it今日は漢字と lex veles lyjot molいう文字があるo'i lersseことを fal sysnul学ぼう."


 隣に座るシャリヤはワクワクした面持ちで、辞書を覗き込んでいる。開かれているページの最初に書かれているのは「生」だ。


"Fqa veles kranteこれは「なま」かo nama ol ki「き」と読まれるんだ."

"Panqa'd lyjot一つの文字が二つ letix qa'd nesnerlの……を持っているの?"

"Jaそうだ."


 おそらく "nesnerlネスネール" というのは「発音」という意味の単語なのだろう。

 シャリヤは首を傾げながら、飲み込めないような顔をしていた。しかし、ややもすると「生きる」と書かれた文字列を指して得意げな顔になる。そういえば、彼女はひらがなは読めたんだっけか。


"Malそれじゃあ, Cene mi qune私にはこれが fqa'd nesnerl読めるわね. La lex es namakiru「なまきる」か「ききる」 ol kikiruでしょっ!"


 シャリヤは鼻高々という様子で胸を張り、人差し指を立ててそういったのだが俺は笑いを堪えるので精一杯だった。


"Niv違うよ, la lex veles akrantiそれは「いきる」ってo fal ikiru読むんだ. Hi'ragana mol pestaひらがながその後 la lex malに来ると発音 akrantiel furnkieが変わるんだよ."

"Malそれじゃあ, akrantiel fqaこれの発音っ es niv imu jaて「いむ」よね?"

"Nivいや, ers umu「うむ」だ."

"M, malじゃ、じゃあ, fqa es uruこれは「うる」?"

"La lexe'dそれは「なる」 akrantiel es naruっていう風に読む."

"U, ujacuう、うやす......?"

"Fgir es hajacuそれは「はやす」だ."

"Harmie fqass es jaなんなのよ一体!"


 シャリヤは天を仰いでいた。どうやら混乱してしまったらしい。それもそのはず「生」は読みの多い漢字だからだ。しかし、混乱させたのには当然理由があった。


"Ekce lyjot la lexさっきやったように xale letix 漢字の中loler akrantiには複数el faller kandziの読みを持つものがあるんだ."

"Firlexなるほど, paでも jol lersseo laそれを学ぶのっ lex es snietijて難しそうね."

"Deliu niv co一回で全部 lersse als fal覚える必要 panqa'd liestuはないさ. Lirsというか, cene niv la lex'i esそれは無理だからね."

"Mi anfi'erlen ja私、頑張るわ!"


 シャリヤは決心したような顔になる。しかし、一転して頬に人差し指を当てて不思議そうな表情になった。


"Lirsそういえば, akrantiel fqaこれの読み方 es harmieは何なの?"

"Arああ, la lex es xorlui jaそれは「しょうるい」だよ."


 このときシャリヤの表情が疲れを帯び始めたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る