五十一日目
#269 要らない助け
むき出しのコンクリートで出来た灰色の壁、水回りは清潔でベッドも完備されている。照明は緩く、小窓から差し込む陽光のほうが部屋を明るくしていた。設備に文句はない。だが、状況は未だに理解できていない。
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隣に座り込むのはインリニアだ。所持していた剣は国連軍に押収されたらしく、落ち着きがない様子だった。
スパイだという理由で国連軍の兵士に拘束され、昨日から同じ独房に入れられたままだった。翔太たちはどうやら別で処理されたらしく、別の独房に居るのかも分からない。夕張のスパイだと断定された理由すら理解できていなかった。そもそも地球の人間はこの世界にどうやって来ることが出来たのだろうか。
考えても答えが出ない質問を首を振って振り払う。
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鉄製の扉を軽く叩く音がした。格子の入った窓から、兵士がこちらを覗き込んでいた。頭には青地に白でUNと書かれたヘルメット、自動小銃の筒先が肩越しに見えていた。恐らく、インリニアの言った"
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インリニアは納得いかないような顔で天井を見つめ続けていた。
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インリニアは大きくため息を付いた。独房はレトラのそれ以来だった。設備は整っているが、閉塞感と不安感には変わりない。無機質な壁を見つめ続けていると吸い込まれそうな感覚に陥る。インリニアともお互いに口数が少なくなっていった。
そんな中、独房の外が何かと騒がしくなり始めた。ドタバタと床を駆ける音に兵士たちが持っているであろう無線の音声が忙しなく重なる。
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複数の銃声、独房前の衛兵も頭を撃ち抜かれたのか喉から空気が抜けるような音を立てて格子窓から消え去った。
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聞き慣れない発音の言語に加えて、ドアを叩く音に生理的に後退りしてしまう。インリニアも異様な顔でドアから距離を取る。
刹那、甲高い電子音と共に爆音でドアが吹き飛ばされた。何も聞こえなくなったと思えば耳鳴りと共にむさ苦しい男たちが部屋にぞろぞろと入ってくる。
"アナタ、ヤツガザキ・セン? アナタ、インリニア?"
「え、あ、はい」
片言の日本語に答えると男たちはお互いを見合わせて頷いた。
金色の短髪、真っ白な肌というさっぱりした姿に似合わぬタクティカルベスト、アサルトライフル、手榴弾の装備はまるでこちらを威圧するようだった。しかし、どうやら彼らは敵ではないらしい。それを確信したのは後ろから現れた翔太を見てからだった。
「脱出するぞ、説明は後だ」
「クラディアさんは」
「外で待機している。とにかく国連軍が増援をこっちに回す前にここから脱出するぞ」
言い終わると同時に部屋の外で銃撃戦が始まった。男たちは俺とインリニアの肩を引っ張り上げて引きずるように施設の中を移動することになった。施設の外には数台の装甲車が待機していた。乱暴に詰め込まれて、そのまま装甲車は発進した。インリニアは相変わらず状況が読めないようで車両の中をきょろきょろと見回していた。
「一体何がどうなっているんですか」
「CSTOだよ」
「……CSTO?」
翔太は面倒そうに紙の束をこちらに寄越してきた。表紙にはキリル文字が印刷されている。何語かすら良く分からない。昔、インド先輩が言っていたようにキリル文字が使われているからといってロシア語と判断するのは早計だ。ドンガン語(シナ・チベット語族)やモンゴル語(モンゴル諸語)である可能性は捨てきれない。
だか、そんな公用語を持つ武装組織が自分たちにどんな用があるというのだろうか。
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「大陸? でも、国連軍から俺たちを救い出す大義ってなんなんですか」
「まあ、大方予想はつくがな」
翔太は大きくため息を付いてインリニアの方を仰ぎ見ていた。
「どういうことですか」
「国連軍――UNAWEFの実態は西側諸国中心の多国籍軍だ。司令官であるパトリック・S・ウィルコックス大佐も米軍の出向者らしい。俺らは国同士のケートニアー・ウェールフープの取り合いに巻き込まれたってわけだ」
「ケートニアーは信用されていないんじゃ?」
「人の信用と技術の信用は別だからな。奴らは混同するほど頭は悪くないらしい」
「……俺たちを取り合っても意味は無いだろうに」
「ウェールフープ戦力は双方にとって魅力的なんだろ。その手掛かりとして俺らを取っておくのは妥当だ。もっとも、俺はこんな馬鹿馬鹿しい争いに関わる気は無いがな」
翔太は懐に手を入れて拳銃を取り出した。驚く暇もなく、それは車の前方へと向けられた。異変に気づいたのは運転手の方だった。目と鼻の先にある銃口に目を見開いて。
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運転手の体はそれが人間のものでないかのように痙攣していた。助手席の兵士が止めに掛かろうとするも、翔太は銃床で殴りつけ怯んだところを射殺した。二人共即死に至ったようだった。瞬間、車体が右に急バンクする。運転手がハンドルに倒れ込んだせいらしい。翔太が運転手を押しのけて後ろからハンドルを掴む。
「掴まってろ!」
車体が急回転する中、俺はただ体が宙に投げ出されそうになりながらも壁にしがみついて耐えることしか出来なかった。
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