Epilogue "Lersaesol"
#274 空ではなく、夜
そこは冷たくて、暗くて、とても怖い場所だった。
手も足も体も感じられない。
何も聞こえないし、何も見えない。
否、正しく言えば、見える見えないの前提がここには存在しないのだ。
ただある。
それだけだ。ただ在ることがこれほどに恐怖を駆り立てるだなんて思いもよらなかった。
そんなことを思った瞬間、何処かから光が当てられた。
否、正しく言えば光とは違う。それは存在を顕にするものだ。
存在全体が明るみに出される。そんな完全な横暴としての光の中に俺は声を聞いた。
――人は誰もが鳥かごの中の鳥のようなもので、鳥かごの主ではないことを自覚しなければならない。
確か、誰かが言っていた言葉だ。良くは思い出せないが、転移する前の記憶のような気がする。
体と集合意識の元となった者たちの記憶なのかもしれない。どっちでもいい。俺には関係ないことだ。
鳥かごの中に居ることなんて誰だって知っている。
鳥かごの中だからこそ、苦境に喘ぎながら現実に生きているんだ。
シャリヤもそうだった。
あのアレス・シャルとやらは俺のことを足枷だと言った。
両親を失いながらもレトラで友人と生きてきたシャリヤとお互いに支え合ってきた過去を、いきなり現れた少女が途切れさせようとしている。
彼女の言う通りなのだろうか?
俺はシャリヤの邪魔をしてきたと単純に言える存在なのだろうか?
そうは思えない。
シャリヤとお互いに支えてきたという見方も、単純に邪魔という見方も、どちらも鳥かごの格子を通して同じものを見た結果に過ぎないからだ。
でも、俺は前者に全てを賭けてきた。
無根拠に誰かの存在を引き受ける責務を背負うこと――賭けることでしか、俺はこの世界では生きられなかったからだ。
無根拠なこの賭けが一体この先どうなるのかは分からない。
だが、引き下がることもできない。
シャリヤの存在を引き受けるという代替不可能な任務は八ヶ崎翠という存在を引き出し続けてきたからだ。
アレス・シャルと夕張悠里がなんと言おうとも、俺が正しくあり続けられたのはシャリヤと共に居たからだ。
彼女は俺と別れる時に申し訳無さそうに謝りの言葉を呟いた。
その真意が俺にはまだ分からない。だから、確かめるために彼女に会いに行く。
意識が戻って、手足と視界の感覚が戻る。だが、目の前の風景は非現実的なものだった。
コフィンの外で風景が目まぐるしく変わっていくのだ。VHSテープの早送りでも見ているかのようにぶつ切れの風景が一瞬見えては次の風景に消えていく。
俺は今また恐怖を覚えながら、目的地に到着するのを変な冷静さと共に待っていた。
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