第四章

#370 転変


 魔港に到着する。殆どの人間は、帰還に安堵していた。家族と抱き合ったりしている者も居る。見る分には微笑ましいものだが、俺としては暗澹としたものが心に渦巻いていた。

 谷山は行くべきところに行くのだろう。シャリヤが居るかも知れないデュインの情報を知っていたフィレナに繋がることは難しいに違いない。

 振り出しに戻ると言っても良いような出来事だ。過ぎ去っていく時間はどんどん加速していき、自分を置いて行ってしまった。


 到着ロビーについた瞬間、全身から力が抜けて一歩も歩けなくなってしまった。悲しいとも、疲れたともおぼつかないようなぽかんとした感じが自分を人混みの中で棒立ちにさせていた。

 そんな瞬間、自分に近づいてくる人影を視界の端に捉えられたのは幸運なことだったのかもしれない。短い髪、ぱっとしないが整った顔立ちの青年――浅上だ。


「インド先――」


 彼は俺の言葉も聞かずに二の腕を掴んで、早足で引っ張っていく。腕の皮膚に彼の爪が食い込んで、鋭い痛みを感じた。


「黙って着いて来い。付けられてる」

「一体どうして?」

「俺が訊きたい。お前が帰ってくるっていうから出迎えに来たってのに」


 どうやら彼は特に関係ないらしい。

 到着した俺等を付ける人間と言えば?

 思いつかない。雪沢が俺を始末したいなら、その場で引き金を引いていたはずだ。フィレナが俺のことを裏切ったと考え、追手を向かわせた?

 いや、ユエスレオネからの入国はお互いの外交官など公的な人物に限られているので可能性は少ない。

 じゃあ、何者が俺等を追っている?


「どうするつもりですか」

「ただの普通の大学生にいいアイデアが浮かぶとでも?」


 息を少し荒げながら、浅上が言う。考えがあって逃げているわけではなさそうだ。

 追手を撒くことがことが出来れば、ゆっくり話が出来るだろう。しかし、相手が何者で、何を目的に追っているのか分からない今、確実な方法は思い浮かばない。

 急ぎ足でその場を離れようとする状況もそう長くは続かなかった。


 瞬間、眼の前が真っ白になる。

 視界が白く埋め尽くされたと思えば、耳もキィーンという高音で満たされる。どうやらフラッシュバンが近くで焚かれたらしい。

 浅上のものか、誰かの手が俺の頭を押さえつけた。姿勢を低くしろということらしく、素直に従いながら視界と聴覚が戻るのを待つ。

 回復したその瞬間、目を見開く。


 眼の前に据えられた小銃の銃口、黒外套の人影、冷酷に見下ろすのは異世界人の風貌。撃てば良いものを、彼は逡巡していた。

 周りには力なく伏した人々。その中には警備をしていたのであろう「千葉県警」の文字をベストの背にプリントされた者も居た。


"Nace済まないが. Lecu co 我々と来klie misse'tjてもらう."

「やめろッ!」


 視界の端から拳が見えた。

 その一瞬、振り抜いた背後の先、リノリウムの床面に叩きつけられたマント姿の少年が恨めしそうな顔を上げる。


「シェルケンだ! 逃げろ、翠!!」

「――ッ!」


 逃げようと体を翻すもそこには別の黒外套が立っていた。肩を掴まれ、冷酷な目を向けられる。

 殴り飛ばされた少年は口端から流れる血を拭いながら、口を開く。


"Miss tisod niv我々は……について mels normta co'c君に考えていない. Paしかし, co klie niv mal来ないのなら veleser retov殺されo xiesnijる者は……."

"Costiお前......!"


 理解が及んでいなかった。シェルケンはユエスレオネ連邦によって排除されたのではなかったのか。


"Harmie selene何故お前らは coss letix mi俺を欲する?"

"Coss mol niv malお前らが居なければ nihon is niv vynut日本は終わりだからな."

"......"


 悪い予感は的中するものだが、今から抵抗しても勝てる見込みはない。

 それよりも俺は、別の事実に興味を向けていた。


"Firlexわかった, jol mi celdin俺はシェルケンを xelken援助しよう."

「翠!」


 浅上が驚愕の表情で俺を見つめる。


「お前、自分が何を言ってるのか分かっているのか!? シャリヤのために日本を……世界を売るってのか……!!」

「必要とあらば。でも、まだそれを決めるには早いですよ」


 目を細め、浅上の視線を返すと俺はシェルケンの方に顔を戻す。


"Celes tydiest俺をデュインにo mi dyine'c連れて行け."


 顔を見合わせたシェルケン達は怪訝そうな視線を交わす。しかし、ややあって、経緯はどうであれ結果が望ましければあとはどうでもいいという現場意識を表すがごとく、彼らは俺の手を引いて拘束を始めた。

 浅上は唇を噛み締めながら、同じようにシェルケンに連行される。


(手段が手元にやってきたんだ。逃す手はない。)


 彼らに頭から布を被せられた恐怖をその考えで埋め尽くす。シャリヤを取り戻し、そして世界も元に戻す。それが次に課せられた自分への任務だ。

 そう思い、俺は自分の身をシェルケンのなすがままにしたのだった。

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異世界転生したけど日本語が通じなかった Fafs F. Sashimi @Fafs_falira

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