#30 しゅぷらーふいんぺりありすむす
「なんだこれは……?」
なにかと思って部屋を出ると横の個室のどす黒い煙がドアの上の方から出てきていた。エレーナはすでに玄関まで出てきているようだが、心配そうに中を覗いている様子であった。
(火事だろうか。)
部屋の中に入るべきか迷っているとシャリヤが怪訝そうな顔をしてエレーナを見つめていた。
"
"
レシェールについてエレーナが言及しようとした瞬間、小さな爆発音がなる。ドアが軋んだ音を立てて勢いよく大きな音を立てて開いた。
"
体中真っ黒になって出てきた人間はレシェールであった。ところどころ服の繊維が焼けていて、変なものを燃やしたような匂いがしている。エプロンらしき形のものが見えるが、服と溶着してボロボロになっている。一体何をしたらこんなことになるのか。
"Xetten pergerssesti! Ci fastirs fal vipyx!"
良く分からないがレシェールは怒っている様子である。
奥からまた一人、体中真っ黒にしてレシェールの後ろからひょっこり顔を出していた。
"
"Ngaitwa lexerl, bokuamo pergerni i aimar. iwa bokuanu i cwauyisvia!"
なんだなんだ?
レシェールともう一人の体中煤塗れの少女が言い合いをしている。少女は黒髪のポニーテールと見えた。雰囲気としてはエレーナに近いものだ。
しかし、なんだか違和感がある。雰囲気として翠が今まで触れてきた異世界語ではない。まあ、そりゃまだまだシャリヤたちのしゃべる異世界語を完全に理解出来て、その他の言語と明確に区別できるかというとそんなわけではない。だが、一切分からない上に発音の雰囲気が一気にバカっぽくなった気がする。インド先輩は翠がこういうことを言うと怒り出すのだが、バカっぽく聞こえるものはしょうがない。
違う言語なのか、若しくはシャリヤたちが喋る言語の方言か。
方言、というとめんどくさい問題があるらしく。インド先輩もそのことを話すことを忌んでいたが、つまり方言と言語の違いって具体的には何なのかということだ。どうやらフランス語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語は同一の言語であるラテン語が崩れて派生したものらしい。ここでは「フランス語はラテン語の方言」ということも出来る。でも普通はそんな言い方はしない。なぜなら、フランスという国があり、その国では公用語としてフランス語が認められていて、経済力があって、軍事力があるからだ。公用語でもなく、経済力もなく、軍事力もない方言は言語として認められない。また、この分類には政治的なことも関係する。言語学でヒンドゥースターニー語と総称する言語は政治的理由でパキスタンにおいて話されアラビア文字で書かれるウルドゥー語とインド連邦共和国の公用語でありデーヴァナーガリー文字で書かれるヒンディー語に分けられ、それぞれで違う言語規範を持っている。しかし、それらの文法はあまり違いがあるわけでもない。日本語の一方言ともとれる琉球方言も結局は政治的、経済的、軍事的理由によって、日本語の標準語話者とは相互意思疎通が難しいのに琉球語と認識されるまでになっていない。翠はインド先輩の話を聞いていて「でも、方言が全部言語になったら方言娘に萌えることができなくなるのでは?」と思ってしまったものだが、それを言ったら次の週末に翠が琵琶湖の底に沈められてるところを発見されそうなので言うのはやめておいた。
そんなことを思っているうちにポニーテールの少女は、今気づいたとばかりに翠を指さした。
"Ar, amua kikita nyitweini, faniu!"
「うわっ、えっと……?」
挨拶代わりなのか良く分からないがいきなりハグしてきた。さすがに困惑するが、それ以上に問題なのは言ってることが全然!全く!これ一つ!分からないということだ。
やっとシャリヤたちの話す言語が分かってきたというところなのに一体後何個の言語を学ばさせられるんだろうか。頭の中がそんなことでぐるぐるしていると、エレーナが近づいてきてポニーテール少女の肩に触れたのに気付いた。
"Ej, Vaj
"cene"という単語。
"cene co lkurf......"という構文を今まで何回も翠は見てきたが意味は断定できていない。"lineparine"は"Fal lineparine......"と緩衝音の表を説明するときに前置きをして話し始めたシャリアが使っていたから分かるように多分言語名だ。文脈から鑑みて「リネパーイネが話せる?」ということになるだろう。すると"cene"は"
後の方は良く分からないが、エレーナの表情が何か怖い。良く分からないが、彼女はリネパーイネとやらを話すべきなのだろう。
ポニーテール少女は翠から離れ、少しばつが悪そうな表情をする。
"Nace, pa
"Nace"を繰り返して、頭を下げる。そのしぐさがこちらでも謝罪の意味を表すのであれば、"Nace"は「ごめんなさい」の意味なのだろう。
少女が言いたいことは多分、「自分はリネパーイネが上手に話せない。」だろう。"tesyl lot"が多分「上手に」という意味の表現らしい。
ここまで来てやっと異世界語が話せない同志を見つけることができた。絶対に仲良くなって二人でリネパーイネの勉強が出来るようになれば素晴らしいことではないか。
"
"
ほう、フェリーサ・アタムと言ったか。
今までのシャリヤやエレーナの呼び方で怪訝な顔もされてこなかったことを考えると名前の並びは姓 名のはず。だが、彼女が「リネパーイネをあまりよく話せない」という発言から考えるともしかしたら姓名の順番は逆かもしれない。まあ、呼び方くらい少し間違えても悪いことは無いはずだ。
フェリーサは翠より小柄で小さい。年齢は中学生くらいに見える。それでシャリヤの話す言語を勉強中で、母語は別とはよくやるなあ。
レシェールはフェリーサの言語を話せたようだが、ただ翠はそういう状況でもない。言語的に参照できるものがない状態で信じられるのは、記号的な対応と常識と可能性を考えることができるこの八ヶ崎翠の頭部に搭載されている脳の働きだけだ。
"
"
レシェールとシャリヤがフェリーサについて質疑応答をしていらっしゃるようだが、特に気に留めることもない。一番重要なのは、今はここで何が起こったのかである。
エレーナも同じように考えていたようで二人の話を手で止め部屋の中を指さす。
"
部屋の中に充満していた煙は話しているうちに部屋の外へ出て行ったようで、部屋の中がよく確認できる。部屋中が黒いペンキで塗られたかのような状態を見てしまった。
フェリーサは「えへへー」という感じで頭を掻いて照れている。どう考えても、こいつが犯人だ……。
翠は掃除の手伝いをしなければならないだろうと思い、部屋に戻ることにした。
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