#29 音韻緩衝地帯
「ああ……ここか。」
何か嫌な夢を見ていたような気もするがよく覚えていない。
シャリヤの言うことを解析していたらもうこんな時間になってしまっている。窓の外からは傾いた陽の光が入り込んで、木々が陰影となって写し取られている。どうやら朝からずっと陽が傾くまでここで突っ伏して、寝ていたらしい。どう考えても寝すぎだろう。
"
"あ、
シャリヤが上から覗き込むようにして起きていることを確認してくる。
そういえば、"
"
"
シャリヤは棚からペンと紙を取り出して表を書き始める。紙には縦3×横5の表が書かれた。きっと文法的な説明が始まるのだろうが、語彙力がまだまだ足りなさすぎる翠にそれが分かるのだろうか。
"
"Kraxaiun fendej"と"Kraxaiun pervoj"とシャリヤが繰り返しながら、一番上のセルに二列目から語句が書かれる。文字は読めないが、発音してくれれば文字をどう発音するか分かってくる。すらすらと手慣れた様子で書いていくその字は、辞書で見たあの文字の活字とは異なり、丸くカーブしたところが尖ったり変化していた。きっと手書きに特化した字体なのだろう。
"
ふむ、どうやら"Kraxaiun fendej"と"Kraxaiun pervoj"に関して例を示してくれているらしい。"mal"という語が文をつなげていて、"ad"を英語の"and"や日本語の「と」と同じ単語を並列する接続詞とすると、"
そもそも、音韻の共通性なんだろうか。
インド先輩が言うに言語には
この単語の分類は、例えば複数形だったり、格の変化だったり、それにつく冠詞の種類とかに影響したりするらしく、例えばドイツ語では男性・女性・中性の三つの文法性があり、それによってそれぞれの名詞、名詞につく形容詞、冠詞の形が変わる。アフリカで話されるスワヒリ語の名詞クラスは15種類あるらしく、翠にしてみれば、これはただただ面倒くさい暗記ごとだが、インド先輩と彼の友人たちはこれに興奮するらしい。申し訳ございませんが、全くもってその感性がわかりません。
"
シャリヤは表の一番左の行、二行目から四つの単語を書いていった。それぞれの発音は"jarkenlexef", "estvarnenlexef", "neydenlexef", "firjenlexef"であるらしい。もしかして、リネパーイネ語には名詞に二つのクラスがあったりするとかそういうことはないだろうか。ただでさえ労力がかかる異世界語学習が、言語自体暗記する必要があるものが大量にあるというともう覚える気も何もなくなってしまう。
"
"
一気に来られてしまうと困ってしまう。
単語の形をよく確認してみよう。"xalija"と"elerna"はどちらも共通することは母音が三つであることと、語尾がaで終わることだ。では"cen"と"lexerl"で共通することはなんだろう。これは母音の数は違うが、どちらもeで終わっている。つまり"jarkenlexef"と"estvarnenlexef"はそれぞれ「aで終わる単語」と「eで終わる単語」のことなんだろう。そうなると"neydenlexef", "firjenlexef"は単語の形だけを見るとそれぞれ「uで終わる名詞」と「yで終わる名詞」となるはずだ。まあ、ラテン語の第三名詞変化(だっけか)のように「この名詞クラスの単語の辞書形の綴り上での共通性はないよ!てへ(はーと)」とかいう場合もあるかもしれない。いや、てへ(はーと)では済まないのだが。
で、それが"Cenesti"問題と何の関係が……?
"
シャリヤのペン先が"kranxaiun pervoj"と"estvarnenlexef"の列と行が交差するセルを指し示す。多分、"Cen"という単語はeで終わる単語であり、"kranxaiun pervoj"であるということを言いたいのだろうが、如何せん"kranxaiun pervoj"の意味がまだ分かっていない。
"
シャリヤは表の横に"cen"と言いながら三文字、"-sti"と言いながら三文字書いた。そしてその間に"er"と言いながら一文字を置く。良く分かっていないが、もしかしたら、eで終わる単語の後に子音で始まるものがついたらeが挿入されるということか。
eで終わるほかの単語と言えば、覚えているものだと、"
"
"Ja...pa cene
"cene"……?シャリヤの応答の様子を見ていると釈然としない様子で答えていた。多分、この場合は"kranteerl'd ferlk"も"kranteerle'd ferlk"も何らかの規則の上ではどちらでも許されるのだろう。それとも、もしかして"kranteerl"と"-'d"の組み合わせが偶然不規則形になってたとかもありえる。ありえるが……
(さすがに良く分からなかったよ……)
寝て起きて言語学習して、また寝てを繰り返す生活は一体いつまで続くのか良く分からないが、そろそろ働かざる者食うべからずの法則に従って自分は食い物もまともに食える状態ではなくなるのではないか。エレーナが粉を貰っていた時は、会計らしき人は記帳していただけだったが、あれは美少女だから許されることで……
"
エレーナの声が部屋の外から聞こえる。何か急を要するような声のトーンだった。
噂をすればなんとやらとは言うが、別に悪くない。緊急事態とあらば主人公八ヶ崎翠、美少女を助けるためにどこへでも参上しよう!
(言語はまだまだだけど、人の心は十分持ち合わせている。少しでも手伝えれば恩返しができる。)
そう思って、翠はシャリヤと目を見合わせ、部屋から共に出ることにした。
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