#51 残り時間
レシェールがノートに書き始めた図は今度は結構大きめのものだった。二人の人間が向き合って、その間に一人の人間がおり、その前方にも一人の人間がいる風景の絵だ。中央に描かれた人の上に"
"
"フラースカ?"
フラースカ、多分絵に描かれている状態のことを指すのだろう。見たところ何か会議をやっているようだが、つまりどういうことなんだろう。
"
"
"
どうやらフラースカは翠が怪しむべき人間かどうか決める場所のようである。裁判か会議か、そこらへんの訳が与えられるだろう。
そんなことはともかく、会議や裁判に引きずり出されてまともに反駁できるとは思えない。未だに覚えている単語数は100語も達してないし、まともに話をすること自体がままならない状態だ。そんな状態で不当嫌疑を晴らすことなんてのは難しいことだ。ただ、レシェールに聞いて分かることはまだあるはずだ。ただ、翠が会議に引きずり出されることを言いに来ただけなわけがない。
"
"
ふむ、難しいことは言わず、簡単な事実を言うことが大切なんだろう。どうせ何もまともなことは言えないだろうから、分かることは答えて、分からないことは分からないと言うべきなんだろう。しかし信用できる人間が誰かというのが分からない。弁護してくれる人がレシェールだったらその意見に同調すればいい話だろうが、そうでもなければ誰が自分の無実を支持してくれるのか分からない。そもそも紛争地でまともな司法が働いているとも思わないし、弁護人も居ずに自己弁護することになるかもしれないが。
そんなことを考えているうちにレシェールの後ろから足音が聞こえた。レシェールもそれを気にして早々と部屋から出ていこうとしていた。
"
"......
そう言い残して、そそくさと去って行ってしまった。シャリヤたちを引っ張ってきたグループのリーダー的存在であるレシェールが身の危険を冒してまで自分を救うことは理にかなわないことだ。もしかしたら、ここまで来て会いに来てくれたこと自体が危険だったかもしれないが、だとしたら翠より翠の懐疑でレトラ市民に疑われるようになった彼自身の仲間を擁護しに行ったほうが良かったかもしれない。自分が何をしたかは良く分からないが、シャリヤたちは無罪だ。自分のせいで連坐に処されるなんて酷すぎる。
そこまでしてレシェールが自分に会いに来たのは、一人の人間の命と多人数の即致命的な最期に陥らない状態を天秤にかけて、すぐに救う必要がある自分を優先してくれたということだろう。辞書とノート、ペンを持ってきてここまでされたら、言葉が喋れないのに人の前に引き出されて会議の的にされるとしても、最後まで努力すべきなのは当然だ。だけど、まともな教育者が居ない状況でどう学習をするかは問題がある。裁判に連れていかれるのがいつかも分からない。どのみちいずれ来るときまで何もしないなどという選択肢はない。
(といっても、裁判に使える用語なんてしらないし、適当に分かるところを詰めていくほかないな。)
ヒンゲンファールに訊きそびれた"
(あれ……?)
"lesditekston"という単語を引こうとしたが、"lesditekst"という単語は出て来るもののそのままの単語は出てこなかった。単語の変化形みたいなものか、それとも全然違う意味の単語なのか良く分からないがそっちの説明文をとりあえずまず読んでみよう。
【krf.e】
:Xakant es lesditekst.:
なるほど、やっぱり良く分からない。なんだろう、「書くことか言うこと」らしいけど"
【fto.e】
:
なんだろうか、名詞の前に来ていないあたりをみると副詞っぽい単語の気がする。"
つまり、"
と、そんなところまで分かったところで看守が無言で独房のドアを叩いた音が聞こえてきた。がちゃりとドアの鍵が開錠された音が聞こえドアが開く。空いたドアの先に性格の悪そうな看守の姿が見えた。
"
こんなに早くその時が来るとは思わなかったが、出ていくほかない。もしかしたらレシェールがここまで会いに来ていたことを察した人間が時間を早めたとかの可能性も考えられるが、そんな細かいことを考えている余裕はない。
翠は重い腰を上げて、看守についていった。
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