六日目

#50 誤認

 灰色の壁、小さい窓から差し込む光でやっと夜が明けたことを理解できた。冷たい床に敷かれた布団に体温も体力も吸い込まれてゆく中で何一つすることなく虚無を過ごしていた。


 なぜこうなったのか。

 話は民兵連中がフィアンシャに入り込んできたときに遡る。どうやら翠には何者かのお呼びがかかっていて、捕らえられたというのが見る限りで理解できる範疇だ。しかしなぜ、何が悪くて捕まえられたのかは全く分からない。まるで難民が命からがら母国や地域から逃げ出して、第三国で不法入国扱いにされ、入管の収容所に何もわからず収容させられる。そういえば、どこかの国で収容所の医療体制が整っていなくて、「死にそうだ」といっている収容者を放置して、そのまま死亡してしまったとかいうニュースがあった気がする。後に明るみに出たのはこれまでに何名もの収容者が医療体制の不備で体調不良を放置され、死亡したり、大勢の職員に蹴り続けられ片目を失明したり、腐った給食を出したり、大半は命からがら外国に逃げだしてきたのに受け入れ国でさえ残酷な扱いをされたということであった。こんなニュースに溢れるコメントは「無償で治療する目的で違法入国してきているんだろ」などである。このように他人事なら義憤さえ感ずる人も少数だろう。自分とは違う世界の出来事だと割り切って考えることもできる。別に薄情な人間というわけではない。自分に関係ない人間などどうなっても自分に危害が及ばないのであればどうでもいい話だ。普通は。


(でもこれは……)


 まさにそういう感じではないだろうか。いきなり異世界から来て言葉も分からずやっと安定した生活を送れるようになったと思ったら、捕らえられて独房に入れられてしまった。自分とは違う世界、自分とは関係ない人間、と考えていたら自分にまさにそれになってしまった。でも、こうなるとどうしようもない。戦時中の国内でまともな収容所の運営がされているなんて思えるはずもない。何が悪かったなんて考えても分かるはずもない。入国管理法とかに違反している?それとも信徒じゃないのに宗教施設に入ったから?


「はぁ……」


 これで溜息は何回目だろうか。どうしようもできずに小さな窓から差し込む光が灰色の壁に当たっている様子を見ることしかできない現状に抗うことは難しい。抗ったとしてただでは逃げ切れまい。逃げる最中に射殺されたりしたら、もう二度とシャリヤたちに会うことはできなくなる。安易な行動をすれば何が起こるか分からない。


"Cenesti, co mol居るか?"


 独房のドアの小さい窓からは見えないが、聞き覚えのある声が聞こえる。たったっと足音が聞こえたのちにドアが開いた。つい昨日まで図書館で一緒に勉強していたレシェールの姿が確認できた。後ろに看守らしき人間がアサルトライフルを持って立っているが、レシェールと少し話したのちに奥の方に行ってしまった。知り合いなのか、賄賂を渡したのかは分からない。でも、翠は数少ない知り合いと会えた安心と共にそれまで押し込められたフラストレーションに押し出されて疑問が言葉になって噴出した。


「レシェール……。何があったのか説明してくれ!全然何も分からなくて、なんでこんなところに――」

"Arえっと, Naceごめん. Lkurf linepaリパライン語をrine plax話してくれ , cenesti翠君."


 はっと我に返る。レシェールに日本語で話しても通じないので意味がない。それだけの事実に悲しみがこみあげてくる。何をやろうとも言語の壁が障害となって立ちはだかるのはこれまではちゃんと対応できたのに、命の危機が迫る現状になって冷静に頭が回っていないことに気付いた。


"Mer, merえっと、えっと, cene mi niv俺はここに居る firlex molo fal fqa理由が分からないんです......"

"Eustira'd iulo複数の……が mol malあって cene mi kanti俺は教える vers iulo lap……を. "


 そういって、レシェールは懐から紙きれを取り出し、何かを描き始めた。中央を隔てて両側に銃を持った複数の人の象形が描かれ、右側の集団上に"miss我々"、左側の集団の上に"fentexoler"と書かれていた。続けてレシェールは、"miss"の内の一人を丸で囲み、矢印で引っ張ってきた先に"Jazgazaki.cen八ヶ崎翠 es fentexolerはフェンテショレーか?"と書いていた。理解できたかといわんばかりにレシェールが顔を見てくる。


"Firlex理解できた?"

"Ja......はい"


 ことの顛末はつまり、いろいろなことをすっ飛ばして言うと、「八ヶ崎翠が敵側の人間であることを疑われている」ということだろう。シャリヤやレトラの街の人間は"fentexolerフェンテショレー"と戦い続けてきたが、なんらかの理由で翠が怪しまれた。結果、翠が"fentexoler"であると誰かが吹聴し、街の自営団的な存在がとりあえずここにぶち込んだということだろう。

 レシェールは、がさごそと持ってきた鞄をあさり、さらに翠に一冊の本とノートを渡してきた。その本は見覚えのある表紙であった。


"Fqa esそれは...... levip辞書?"

"Jaああ, deliu mi kanti俺は教えねばならない fhasfa."


 そういってレシェールはノートに再び図を書き始めたのであった。

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