#46 Code red
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カウンターに近づくと、ヒンゲンファールは手でこちらに来るなと指し示す。ヒンゲンファールと何回も名前を呼ぶから、嫌われたのかと思い一瞬悲しんだが、ヒンゲンファールが硬い表情で見る窓の先を覗くとその原因が分かった。
(なんだあいつら……?)
防弾ベストのようなものを着てライフルを手に持った民兵らしい民兵はお互いに仲間と打ち合わせをし、無線で連絡を取り合いながら忙しく駆けていく。もしかして敵が入ってきたのか、と思ったがレシェールとの移動中に見た政府軍兵士の服装とはまた違う。そして、レトラのバリケードは十分に敵の侵入を防ぐだけの高さがあり、見張りもついている。一日二日で予兆なしに侵入されたりするのはにわかに信じがたい。
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ヒンゲンファールは小声でつぶやいた。どうやら何が起こっているのかは彼女にも良く分かっていない模様だ。あれだけ茫然としていれば状況が非常であるということは分かるが情報がない以上どうしようもなかった。民兵たちは図書館の前からは去っていったようなので翠はヒンゲンファールの居るカウンターまで近づいていった。
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ヒンゲンファールに尋ねるも虚しく首を振る。
この街に長らく住んでいそうなヒンゲンファールでさえ良く分からない状況に恐怖感を一瞬覚えたが、悪い方にばっかり考えているような気もした。情報がない限りあれが何者で、何が起こっているのかについて断定することは難しい。言葉もこの世界での慣習も何もわかっていないに等しいのに、情報を与えられても理解できるかどうか分からない。こんな状況ではなるようになるしかない。
それはそうと、シャリヤやエレーナたちは今どうしているだろうか。もし彼女たちに何かあったら自分もただでは済まないだろう。せっかくここまで一緒に来てお互いを少しでも信頼している人間を一人でも失うのは酷い話だ。彼女たち自身が怪我でもしていないか心配だ。自分には手当さえできないだろうが、それでも少なくとも傍に居てあげたい。
そんな考えの内、ノートにある"lesditekston"の文字を見て、思い出した。この単語をヒンゲンファールに訊こうと思っていたのだ。でも、こんな焦燥感に包まれた状態では言語学習なんてやっていれるわけがない。
(すぐに荷物をまとめて、とりあえず部屋まで戻ろう。)
急いでペンやノート、辞書を持って図書館から出ようとする。レシェールはいまだ寝たままだったのでほっといて図書館を出た。
図書館を出てから気付いたが、辞書は図書館のものでそのまま持って来てしまった。ただ、ヒンゲンファールもきっと翠が焦燥感に駆られて図書館を出たのだと分かっていたのだろう。広いとは言え、レトラの街だけを管轄する図書館なのだし、外部との繋がりがないだけそこらへんが緩いのだろう。
何回かペンや重い辞書を落としかけたが、走ってシャリヤの部屋に戻って来た。
「あ、あれ……?」
シャリヤが居ない。呼びかけてもどこにもいない。シャワールームの中にも勿論のこと居なかった。お隣のエレーナの部屋はノックをしても誰も出てこない。何かあって避難で何処かに行ったとか、何かに侵攻されて連れていかれてしまったとか……。
ついつい、悪い考えがよぎってしまう。考えに疲れ果てて椅子に腰かけて茫然自失になっているとテーブルに紙切れが置いてあるのに気付いた。黒インクで書かれたその筆跡に何か安心させるものを感じた。
(これは……シャリヤの手書きリパーシェ文字だ。)
そう、活字で丸いところが尖り、"r"や"R"が簡略化された特異的な手書き文字を彼女に見せてもらったのは記憶に新しい。何が書いてあるか集中して紙を見て、文字を読みこむ。
Fi
良く分からないが、確か"
レシェールから受け取っていた地図を開いてみる。よく見ると"
(しかし、有事にそんな奇抜な建物に逃げ込むか……?)
何か違和感を感じた翠はとりあえずその"fi'anxa"へと向かうことにした。
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