#334 兄を探す弟


 薄暗い通用路の奥の方に妙なテントが存在していた。紫色の布地で、こんなところに存在すること自体が奇妙だった。周りに妙なものが無いか確認しながら、そのテントを見つめる。


"Xalijastiシャリヤ, Edixa co en fgir'lあれの中に入ったのか?"

"Jaええ, Miss en melx入ったら彼が jol sistan mol居るはずよ."


 ゆっくりとその紫のベールの奥へと足を進めていった。何かが飛んできてもシャリヤを護れるように細心の注意を払いつつ、フードを被った謎の人物と対面する。


"Harmie co melfert何故リパライン語を firlexer lineparine理解できる人間を探す."

"Mili jaまあ待て."


 男は何処からかカードを取り出して、テーブルの上で混ぜる。それをまとめて、立てて、山にしてから一番上から一枚カードを表にする。

 絵柄から見てウェイト版タロットの12番:吊られた男ハングド・マンの正位置だ。シャリヤは興味深そうに俺の肩口からそれを見つめていた。


"Hmふむ...... Wioll kalzanen……な時に liestu io co velesあなたは……をされる mevauことになる."


 どうやら男はタロットリーディングをしているらしかった。路地でリパライン語が話せる人間を呼び寄せて、勝手にタロット占いをする。一体何がしたいのか皆目検討がつかなかった。

 俺が黙っていると、男は少々顔を上げる。フードで隠された顔の下が少しだけ見えた。口はぽかんと空いていて、じっと俺の腕を見ていた。


「日本人なのか?」

「そっちこそ、どうなんだ」

「素性を簡単に明かすわけにはいかない。まずは君と彼女が何故リパライン語を理解できるのか。東京襲撃とどのように関わっているのかを――」


 長々と話し始めた彼の油断を突いて、俺はそのフードに手を伸ばした。次の瞬間、勢いよくそれを向こう側に翻す。

 驚きの表情に満ちた顔が現れる。そして、それを見た俺も驚きで絶句した。褐色の肌、切り込まれたような光のない眼、すらっとした鼻、堅苦しそうな口元、ぼさっとした黒髪。まるで浅上の容姿と瓜二つだ。しかし、違うのは彼より幾分か年下の少年という感じだったからだ。

 彼は眉尻をきっと釣り上げ、不機嫌そうな顔になる。


「いきなり何をする」

「こっちが正体を明かす以上は、そっちだって顔くらい見せるのが筋だろ」

「けっ」


 そういって、インド先輩もどきは苛立たしげに目をそらす。そんなやり取りをシャリヤは神妙に見つめていた。


「日本人、浅上葵だ。次はそっちの――」


 彼の催促の言葉など、耳に届かなかった。なぜなら、それ以上に衝撃的な疑問が脳内を駆け巡ったからだった。


「待て、いま浅上って言ったのか?」

「ああ、そうだが……?」

「浅上慧を知っているか?」


 葵の顔はその名前を聞いた瞬間、完全に別物に変わっていた。


「おい、何でその名前を」

「こっちのセリフだ! そっちこそ何で先輩を知っている」

「当然だろうが! 弟だからだよ!」


 静寂が訪れる。弟?

 インド先輩に弟が居たというのか?

 しかし、そんな話は聞いたこともない。

 葵は息を整えてから、再び紫色のフードを被り直す。


「私はいきなり失踪した兄――を追っているんだ。これまで何年も彼を探し続けてきた。全ての資料、個人情報を調べ上げ、辻褄を合わせ、彼を見つけようとした。しかし、見つからなかったんだ」


 一つ咳払いをして、葵は続ける。


「東京襲撃のときに驚くべきことを発見したんだ。彼が残したリパライン語が一瞬、テレビの中継映像に映り込んでいた。私はこれがただの武装集団による襲撃だとは思えなくなった。リパライン語を作っていた彼が何かに巻き込まれたに違いないとね」

「それで占い屋を装って、リパライン語を話せる人間を探していたのか」

「ああ、それで君たちを見つけた」

「最後に一つだけ訊かせてくれ、浅上慧が失踪したってのは何月のことだ?」

「何月って、先月だ」


 絶句。その事実は、この世界では浅上慧がまだ生きている可能性を示唆していた。


「そもそも何で兄を知っている」

「浅上慧は……俺の親友だったが俺も途中から行方を知らない」

「はっ……」


 怪訝そうにこちらを睨めつける葵を前に俺は自己紹介の必要性を感じていた。


「俺は八ヶ崎翠、こっちはシャリヤだ。今は自衛隊に協力して、シェルケンのリパライン語を解読している」

「シェルケンだって? あの襲撃はシェルケンが起こしたっていうのか」

「情報をまとめれば、そういうことになる」


 葵は「でも……」と困惑したような声を出す。


「あれは全部、兄の創作だ。現実じゃないし、異世界は存在しない」

「じゃあ、この娘の存在はどうなる」


 背後のシャリヤを親指で指す。当の本人は首を傾げて不思議そうにしているが、葵は顔を下げる。


「そんな馬鹿な……」


 俺の頭には一つ思いつきが浮かんでいた。彼の肩に手を置き、顔を近づける。


「この奇妙な状況を解決するために、色んな人が動いているんだ。俺たちに協力すれば、浅上慧も見つかるかもしれない」

「本当か? 嘘だったら承知しないぞ」

「確証はできないが、何もわからないよりはマシだろ」


 葵は少しばかり悩んでいる様子で唸っていたが、ややあって顔を上げた。


「分かった協力しよう」

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