#324 つまり、そういう話題
「分からないんだ」
目の前の谷山は申し訳無さそうに眉をへなりとさせ、小さくそういった。
場所は都内のインドネシア料理店、前回に続いてエスニック料理店。どうやら谷山はエスニック料理が好みらしい。シャリヤは運ばれてくる食べ物を興味深そうに観察しつつ、一口一口を愉しんで食べている。一方で、俺たち二人は日本語で神妙な会話を繰り広げていた。
そう、先日の襲撃についてのことだ。
「海外の諜報機関の手合だろうけど、雇い元が複数偽装されていて後を追えないんだ」
「じゃあ、あの男は何だったんです?」
「えっと、雇われて荒事をやる連中だよ。世間体に配慮して言うならPMCだね」
「俺たちはなんで狙われたんですか」
谷山は運ばれてきたナシゴレンに乗っかっている
「何処かから情報が漏れたんだろう。敵の言語は不明、だが八ヶ崎翠とアレス・シャリヤという少年少女がそれを知っている。日本はそれを利用してイニシアチブを取ろうとしているとね」
「自衛隊では、それが誰か分かってないんですか」
「誰か分かる必要はない。今のところはね」
シャリヤは俺達の会話に聞き耳を立てているようだったが、殆ど内容は分かっていないだろう。その証拠に彼女は俺たち二人の顔色と口調を注意深く観察している様子だった。
「君たちの安全は僕たちが保証する。これからも安心して翻訳に従事して欲しい」
「そんなこと言われても――」
「じゃあ、自衛隊の庇護を抜けて、自由に行動するかい?」
いきなり突き付けられた理不尽な提案に頭が真っ白になる。谷山はいつもどおりの柔和な顔で続ける。
「いいよ、でももう君たちの生活を保証することは出来ないし、他国に捕らえられ拷問されようが、殺されようが僕たちは何も出来ない」
「谷山さん」
「確かに僕たちは君を問題の鍵のように扱っているかもしれない。でも、僕たちの目的は君を精神的に肉体的に苦しませて、日常を破壊することじゃないんだ」
「分かってます、でも具体的な対応が分からない以上は俺も心配で……」
今回はウェールフープでどうにか切り抜けることが出来た。だが、次は? 不意を突かれ、発動前に無力化された場合どうするのか? 危険性は完全には排除できない。そんなことは分かっているが、大切な人が居る手前おざなりには出来なかった。
"
俺への返答に悩み顔の谷山を前にシャリヤは何か耐えきれなくなったように言う。珍しくシャリヤから直接投げかけられた言葉を谷山は捉えそこねていた。
「彼女はなんて?」
「俺が責められているように見えたみたいで」
「ふむ、確かに言葉が分からないと言い合っているように見えるかもしれないね。話題を変えようか」
谷山はそう言って、ニコッと柔い笑みを見せる。俺も辛気臭い話が続いて、気が滅入っていた。方向転換には大いに同意だ。
彼は俺とシャリヤをVサインを向けるように一挙に指して続ける。それを俺は目を丸くして見つめることしかできなかった。
「君たちってさ、毎日二人で同じベッドで寝てるんだよね?」
咳き込んだ。激しく。シャリヤはそんな俺を不思議そうに見上げる。
「一体何を言い始めるかと思えば!?」
「いやあ、事実を確認したいんだ」
「事実ってなんですか……」
「ええと、一線を越えたりしてないかなあって、オジサンじみた興味を持ってるだけだよ」
「分かってるなら、止めてくださいよ!」
「いやあ、若い人をからかうのは、なかなかどうして楽しいものでね」
「勘弁してください……」
シャリヤは依然俺たちのやり取りを興味深そうに見つめていた。だが、やはり全く内容が理解できないようで、首を傾げるばかりだった。
が、彼女は俺達の会話の切れ目を見つけて飛び込んできた。
"
"
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"
これまた説明しづらい質問だった。
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真っ当な返され方をされてしまった。答えに窮していると、シャリヤはぷいっとそっぽを向いてしまった。機嫌を損ねてしまったらしい。
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"
シャリヤはしばらく「どれのことよ」という顔をしていたが、ややあって顔を真っ赤に染めて恥ずかしげに俯いてしまった。自分が言ったことがまさに話されている話題の一部だとは思っていなかったらしい。
その日は雑談を少し続けて、谷山とは分かれることになった。彼によれば、覆面の護衛をホテルや外出時につけておくとのことだ。心配だったが、それ以上の解決策はないはずだ。
俺はまだ顔を赤くしているシャリヤを連れて、ホテルへと戻っていくのであった。
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