Epilogue "Sdeumen Waxunde"

#64 国家の犠牲


 フィシャの行動を制止したものの何も縛るものが無かったわけで、上着を脱いで割いて縛ろうと思ったが上着は厚すぎて引き裂くことが不可能だったので投げ捨てて、肌着まで脱いで引き割いて拘束しようとしたところフィシャは瞑っていた目を開いて茫然とこちらを見てきた。何を勘違いしたのか頬を赤らめているが翠にはそんな気はない。フィシャの手と足をしっかりと縛り、完全に動けないようにしておいた。あとはヒンゲンファールさんを起こすか、誰かを呼んできて助けてもらうのが良いだろう。


 地下道を戻って部屋に帰ると、ヒンゲンファールはまだ昏睡して倒れたままだった。ぺちぺちと頬を叩いて起きないかと試してみたところ、目を覚ました。手を撃たれていたから別に命に別状はないのだろうが、痛そうに手をおさえている。


"Lecu miss tydiest……私たちは行こう. Deliu lkurf larta'c人に言わなきゃ."

"...... Jaええ."


 ヒンゲンファールと共に暗がりの階段を上っていく。そういえばフィシャは裁判の時自分を告訴した側に立って証人になっていた。あれももしかしたら翠がフェンテショレーでないことを知っていながらわざと内紛を起こそうとしてやったこととしたら、これでやっと自分の無罪も完璧に証明されるのであろう。清々しい気分で地上に出て来ると手から血を流すヒンゲンファールと肩から出血している翠を見て驚いたのか作業員たちがわらわらと集まって何があったのかだとか、大丈夫なのかだとか訊いてきた上に傷の手当てをしてくれた。銃創から銃弾を抜いたときは痛いという感覚を超えていたが、生きていてよかった気がする。なぜなら死んだら二度とシャリヤに会えなくなる。助けてもらった人々に恩返しも出来なくなるのだから。


(その割には情けを掛けたんだなあ、自分は。)


 しばらくすると民兵たちが七人ほど来て、階段を下っていく。ヒンゲンファールの説明で事情を理解した作業員たちが民兵を呼んできたのであろう。数日前に誤認で自分を捕まえに来た民兵たちが、自分を中心に敵を捕まえた後の始末をやっているというのは、ある意味で皮肉だろう。民兵たちの一部も傷ついた翠を見て異様な目で見て、それから地下に下っていった。


"Cenesti!"


 手当てを受けている翠に駆け込んでくる見覚えのある人影が見えた。


「しゃ、シャリヤ……どうしたんだよ……。」


 泣きついてくるシャリヤに疑問を呈した自分に気付いて再度自分が愚かしく感じてくる。今まで信頼関係を取り戻したばっかりのシャリヤに対してまったく時間を掛けて話をしてやれなかった。ヒンゲンファールと共に置き手紙のどうでもいい調査とアクション映画紛いのことをやっていた自分があまりにも薄情過ぎるように感じてきた。


"Naceごめんな....."

"...... Naceごめん mi at."


 頭を撫でてやると、落ち着いて恥ずかしくなってきたのか少し距離を置いてしまった。ヒンゲンファールもその行動を見て少し笑う。これで全てが終わったのだ。すべてが日常に戻る。


"...... harmie fqa'd何この nesnerl esです?"

「え?」


 ガタゴトと床下から音が聞こえる。そういえば、元々作業員が呼ばれた理由というのはこの床下から聞こえる妙な音では無かったのだろうか。誰もがその奇妙な音に疑問を持っていた。ヒンゲンファールの表情は急に険しくなる。

 その瞬間、銃声が聞こえる。民兵が持っていたと思われる小銃の度重なる発砲音と下階から聞こえる騒ぎ声で何かがよからぬことが起きているということが分かる。もしかしたら、自分が行った拘束が甘かったから外れて逃げようとして民兵と交戦しているのかと思い、自分の不手際でまた人が死んでしまうのではないかとおどろおどろしていた。

 中に入って加勢しようと考えたのか外で待機していた民兵の一人が小銃を構えて入ろうとしたところ。


"Zirl niv……するな!"


 何かに気付いたかのようにヒンゲンファールは民兵や近づこうとした作業員たちを大声で牽制して止める。ヒンゲンファールの声にぎょっと驚いた人々はその地下室への入り口から後ずさりする。

 瞬間、地下室出入口諸共大爆発が起こった。爆風で舞った砂ぼこりが肌を摩る。強烈な衝撃音と共にドアが吹き飛ばされ、あらぬ速度で近くの建物にめり込んだ。そこに人が居ればひとたまりもなかっただろう。砂ぼこりが晴れると地下室から地下道が下にある地上の周辺が陥没していることが見て取れた。


 一瞬何が起きたのか良く分からなかったが、大破した鉄製のドアを見ると事を理解することができた。めぼしい爆発物は中に翠たちが潜入したときは存在しなかった。粉塵爆発の原因となるものはあったがこの数秒、数分で条件を揃えて爆破させることは難しいうえ、いくら脳筋っぽく見える民兵たちも巻き込まれ、自爆になることは分かっているはずだし、そもそも小銃を持ち込んでいるのでそんな手段を実行する理由が無い。


 つまり、誰かが持ち込んだもので爆破された。この地下室につながる地下道が内通するためのフェンテショレーの根拠地と繋がっていると考えればフィシャが捕らえられると気づいたフェンテショレーが機密を隠蔽するためにフィシャごと地下道を爆破したと考えるのが自然だろうか。


"Fentexolerstiフェンテショレーめ......"


 厳しい表情で大破したドアを見つめるヒンゲンファールのその目は、義憤に満ちていた。






 異世界転生物といえば、大抵の人間は次のようなことを想像しない。

 例えば、言語が完全に通じない状態で女の子と意思疎通を図りながら、首っぴきで辞書を引きながら文章の意味を理解しようとしたり、何もわからず敵と誤解されて独房にぶち込まれ、剣と魔法のファンタジー異世界ではなく、小銃と火薬の香りの紛争地帯で、一番親交があった女の子と引き離され、敵の内通者とのハリウッド映画まがいのチェイスをするとか。

 異世界転生ものの主人公であれば確実に気を病んで死ぬだろうが、翠は今まで死なずにやってこれた。それも今回もシャリヤやレシェール、ヒンゲンファールなどの協力者が居てこそのことだ。


 まともな異世界転生にしろ、翠が立ち向かっているこの現実にしろ、敵と戦わざるを得ないことには違いはない。

 翠でさえ情けを掛けて、殺せなかったその人間をフェンテショレーは難なく爆殺した。フィシャは動けなかったとしたら爆破で即死したか、落盤した土砂に飲まれて圧死したのだろう。情けを掛けられて生き延びられるとある意味で安心していたであろうときに、惨い死に方を強要したのだ。誰だってそんな死に方をしたいだなんて思わない。フェンテショレーはそんなことを軽々と実行できるような血も涙もない奴である。翠が今まで読んできた異世界転生ものの主人公と同じように自分が対峙しなければならない敵はこのフェンテショレーなのだろう。


 だが、自分は一応日常的な生活が戻ったところでわざわざ戦争を一人でおっぱじめようとするような馬鹿でもない。「殺らなければ、殺られる」は本質としては正しいが、何も考えずにやるべきことではない。もっともシャリヤやエレーナ、フェリーサたちとはシャリヤが同居空間から去って行こうとしたころから無沙汰でそこの人間関係の修復を最優先にすべきだとかもある。だが、フェンテショレーが一体何者なのか。彼らが何を望み、自分たちと戦うのかについてはちゃんと知らなければならないだろう。そうすれば、自分だけでは難しいかもしれないが、フィシャのような無残な犠牲者をこれ以上出さないようにすることが出来るかもしれない。そんなことを考えながら、またヒンゲンファールの元に通うのが良いだろう。


 ともあれ、日常が戻ってきたことは嬉しいことだ。市街戦の経験などない小市民の生活は平和に限る。

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