#63 粉塵爆発


"Xerukes paz, cenesti......"

(どうすればいい……考えろ……考えるんだ……)


 ヒンゲンファールが昏睡状態になっている今、対抗できるのは翠しかいない。先に動いた方が撃たれることになるのは明白だが、銃口がお互いに向いていて、少しでも動けば殺されるかもしれないという緊張感がお互いの体を縛り、膠着状態に持ち込んでいた。


(ん……?あれは……)


 文書が置かれている反対側のテーブルには見覚えのある紙袋が置かれていた。確か三日目にエレーナに連れられた製菓材料の店の紙袋であった。紙袋の下部が全体的に膨らんでいるところを見ると、紙袋の内容物は粉なのだろうと思えてくる。そこまで分かってくるとフィクションの伝家の宝刀「粉塵the爆発」を試したくもなってくる。しかし、そもそも動けば撃たれる状態でまともに動いて粉をばら撒けるとは思えない。それに粉塵爆発はちゃんとした条件が揃わないと急激で破壊的な燃焼が発生しないという。


 もし、条件を満たしてマズルフラッシュとかで点火できたとしても問題は色々と残る。こんな空気の抜け場所が少ない密室にも近い室内で急激で破壊的な燃焼なんかが起こればフィシャだけでなく、翠もヒンゲンファールもただでは居られない。三人とも死んで、文書も全て燃え尽き、機械に貼られた紋章も読めないほどに燃えてしまったとしたら、あとに残る煤だけで何があったか解明することは、きっと建物はショボいが調査能力はまともにあるB〇Aでも難しいだろう。フィシャがフェンテショレーの関係者だったという事実は三人の死体と共に完全な謎に包まれてしまう。


 翠が銃口をフィシャに向け、またフィシャが翠に銃口を向けてから、30秒以上が立った膠着状態にお互い精神をすり減らしながらも緊張状態は続き二人とも全く動けずに何もしゃべれないでいた。翠はフィシャの動きに細心の注意を払っていたために周りの音が何も聞こえていなかった。


"Fixastiフィシャさん!"


 いきなりの呼び声に驚く、声の聞こえる方向に振り向いた瞬間、銃弾が風を切る音が聞こえる。一瞬遅れてフィシャが発砲したという事実に気付いてしまうが、その対象は自分ではなかったということにも気付く。何故なら呼び声の主は既に殺されていたからだった。

 撃たれたのはヒンゲンファールが呼んできた作業員の一人のようであった。額から血を流して、手を万歳したまま倒れている。頭に一発、聖職者の割に良い腕だ。


「ここまでやられて逃がすものかよ。」


 緊張が途切れ、音がまともに聞こえるようになり、視界も開ける。フィシャがすでに掘り進められた地下道を通して走り去ったことに気付くが絶対に逃がさない。人を騙し情報を敵に流し、レトラで安寧に生活する人々を殺そうとかかる勢力を町に呼び込んだその罪は重い。

 拳銃を捨て、ヒンゲンファールが落とした軽機関銃を拾う。軽機関銃の方が連射性能が更に良さそうだと思ったからだ。フィシャが逃げていった地下道に進んでゆくと、ずいぶん先の方にその人影が見えた。


「止まれ!」

"Wioll jol coお前は tisod lypito!"


 フィシャがこちらを見て、何やら叫びながら拳銃でこちらを撃ってくる。もちろん当たるわけにはいかないから、姿勢を低めてこちらも応戦する。守るべきものがここには居なくなったという時点でもう相手に遠慮する必要はない。フィシャがまたこちらに背を向けて走り始めたのでこちらもそれに追いつけるように走り始めようとするが、フィシャは走り始めようとした五歩くらいで足を絡ませて、姿勢を崩して、つまづいて倒れてしまった。


"主人公から逃げようだなんてな、Mili fentexolersti止まれ、フェンテショレー!"


 倒れたフィシャに対して言葉で牽制しながら、軽機関銃を構えなおす。じりじりと倒れたフィシャとの間隔を詰めていく。フィシャは転んだ瞬間に頭でも打って全く動かない様子だ。あと、二メートル、一メートルと近づいてゆく。軽機関銃の銃口はしっかりとフィシャに向いている。今更動いても避けることはできない。フィシャをこのまま連れて、ヒンゲンファールとかの証人と文章とかの証拠ともに付き出せば、仕事は終わりだ。


"Coあなた tisod xale la lex!"


 いきなりフィシャが動き出して目の前に銃口が向けられる。瞬間に複数の銃声、体が衝撃を受ける。痛みは感じなかったが、衝撃を受けた腕の関節があらぬ方向に瞬間的に弾かれたのから考えると、銃弾を掠めたのは銃を持っていない方の肩のはずだ。これなら、すぐに命に係わる事ではない。次の行動に移れる。


「くっ!」


 瞬間的に体が動いて、フィシャが拳銃を持つ手を蹴り上げる。拳銃は五メートル先に飛んでいってしまった。彼女がこれから動き始めたところで彼女に勝ち目はない。倒れたフィシャを跨いで立ち、銃口を突きつけ、これ以上の行動を制限する。


"...... pazes撃て."


 フィシャが目を瞑って、言ってくる言葉は単語を知らなくても自分の最期を悟って無駄に抗わないという意識の表れであることを知っているから理解することが出来た。多くの人が作り上げてきたレトラの平穏を乱し、多くの人間が死ぬ原因となったフィシャの行為は許されるべきことではない。


"hggうっ......"


 大量の薬莢が地面に落ちる、銃声が狭い地下道の中を響き続けていた。弾切れになるまで、翠はトリガーを引き続けた。




「だが、俺はお前とは違う。」


 床には一つも弾痕が残っておらず、弾は全て天井に埋まっていた。

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