#253 抽象概念を説明するのは往々にして難しい


 突然馬車が止まった。車窓から見える風景に目を向けるもぬかるみや越えづらそうな道は見えない。天候は曇りっぽいが雨が降っているという様子でもない。目の前に座るシャリヤも車窓に顔を近づけていた。俺の頬に自分の頬を合わせるような仕草がいかにも可愛らしい。


"Harmy pusnist ja何で止まったんだろう?"

"Snalustanその……は fai xi'e'c tirne……に……する?"

"Metista……, la lex es nivそうじゃない jol ly…………."


 インリニアがあまり意味の取れなかったシャリヤの疑問に答える。オブシディアンブラックの瞳はそのまま車外へと向かった。背筋を伸ばした馭者がこちらに歩いてくるのが見える。馭者は一礼してから、馬車のドアを開けた。


"Adkesĥaileアドカセーレ kaucameisコーサマイ mait jaisジェ faisフェ challaisショーレ qoitsクァ."

"Ahアー, filaichèsフィーレシュ"


 なにやら馭者の話を聞いたインリニアは納得していた。


"Harmie si lkurfなんて言ったの?"

"E celes……を desniexo休ませる dodor'it ly……. Miss at私達も desniex ja休むよ."


 そういって、インリニアは一足先にと馬車から飛び出した。おそらく、"dodorドドー"というのは「馬」を指す単語なのだろう。馬を休めるために馬車を一旦止めたということなら確かに納得がいく。

 インリニアは窮屈だったのか背を伸ばしてすっきりした様子だ。シャリヤも段差を踏み外しそうになりながらも馬車から降りていった。馬車といえばかぼちゃの馬車が脳裏に浮かぶ。彼女がシンデレラのようなドレスを着たなら眩しすぎて直視はできないだろう。しかし、この場合意地悪な継母と姉は一体誰になるのだろう? 前者はヒンゲンファール女史か? 王子が八ヶ崎翠だとしても勝てる気がしない。では、この無理ゲーに勝利をもたらす魔女は一体――


"Cenesti? Co edzun niv……しないの?"

"A, arあ、ああ, mi edzun fal no今……するよ."


 心配そうに見上げてきたシャリヤの顔を見て、馬鹿馬鹿しい想像をかぼちゃの馬車と一緒に脳裏に追い出す。"edzunエジュン"は「降りる」だろうと思って適当に返してしまったが、特にシャリヤに咎められることもなく彼女は嬉しそうに頷いてみせた。

 鬱蒼と広がる森の中で、俺達三人は馬車から離れないように気をつけて近くの倒木に座り込むことにした。休憩とは言っても新しい空気を吸うくらいのことで、段々と退屈になってきた。

 馭者がロープを束ねながらこちらにやってくるのが見える。馬を木にでも縛り付けたのだろうか。インリニアが馭者と俺を交互に見やった。なんだろう、同時翻訳でもしてくれるのだろうか?


"Le nai jaiscossasti, kyneousqune flusciailekaxtlurkustan?"

"Le flusciekaxtlurkustanasti?"

"Anlyesoui glartedkirso ler bloumentaptumirlenasch daisévautwarkar dedesjisesn qoinéfal fqa voi lysfal nestil ly."


 こともなく同時翻訳をしながら、会話をこなす。インリニアの姿は途中まではそのように見えていたが、会話の合間での息遣いには疲労が見えていた。フェリーサもそうだったが、同時通訳には多大なる疲労が伴う。プロでさえ標準的な交代時間は15分と言われているのに素人が継続的に訳文を提供するなんて夢のまた夢だ。

 馭者は近くの山の洞穴のようなところを指していた。煤けたような色合いの山肌は整備されていない自然の風格をまざまざと見せつけてきている。話が分からないながらに俺はその洞穴に目を向けていた。


"Xalijastiシャリヤ, «kirsoキーゾ» es harmieって何だい?"

"Kirsostiキーゾ?"


 シャリヤは不思議そうに首を傾げた。詳しく説明しようとフィラーが口から漏れた。

 同時通訳は同時通訳でも、相変わらず訳される言語はリパライン語だ。もはや馴染みすぎてしまって忘れがちだがここは異世界なのだから、日本語での通訳など望むべくもない。その上で現地語力がないと来た。"kirso ler……から aptumirlenasch……… warkar……… jisesn…… fal fqaここで fal nestil昨日 ly……"という会話の最後の文なんて九割理解できていない。それで訊こうと思ったのだと。

 あれ? これ普通にリパライン語で尋ねられるじゃ……?


"Selene mi nun彼女がヴェフィス語を «kirso»'d kante fal説明してくれただろ panqa celx ciでも分からないことが akrunft vefise'd大量にあったから lkurftless pまず最初にelx edixaとりあえず mi letix loler"kirso"の意味を firlexerl niv知りたいな."


 現地語力が無いというのは何だったのだろう。普通に訊くことができたがシャリヤは逆に説明に悩んでいた。


"Kirso esキーゾは...... stovus dexafelo……な火することだよ."

"«Stovus» es harmieストヴスってのは?"

"Hmうーん...... La lex esそれは snietij nunerl ja難しい質問ね......"


 シャリヤは静かに頬を押さえながら考えていた。

 おそらく、"dexafeloデシャフェロ"は"dexafel"に動名詞語尾"-o~すること"が付いたものでおそらく「燃えること」なのだろう。"dexafel"は動詞ではないから動詞語尾"-es~する"が付いて、"dexafelesoデシャフェレゾ"とかになるのかと思ったがそうではないらしい。


"Le nai jaisジェー! Defaiダーフェ effoigアフワーグ failedesフェレーダ cenqaisサンケ fainséフェンス laiechèレアシュ!"


 馭者の呼びかけが聞こえた。インリニアは疲れた様子で同時翻訳はしてくれなかった。彼女の後について馬車に戻ると馭者は乗り込んだことを確認してから馬を繋いで走らせはじめたのであった。

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