第八部 Xantvert

第一章

#350 緑のパスポートで


――ユエスレオネ連邦、ファルトクノア共和国・イルヴィツァ魔港


 機内で読んだ外務省の基礎資料によると、この国はファルトクノア共和国チャフィオフェス・ファルトクノアヴェニと言うらしい。

 ユエスレオネ連邦には、複数の国々が所属していて、シャリヤたちが元々住んでいたユエスレオネ国民共和国、クラディアの故郷であるデュイン総合府、島国であるクラナ大陸国家連合、そして今俺がいるファルトクノア共和国が所属している巨大な国家のようだ。

 尽く伝聞調で頼りないのは、外務省では今に始まったことではない。その理由は、手元の文書が米軍とそれに付随した従軍研究者の資料を元にしているかららしい。


"Alsasti皆さん! Tydiest fqa'l plaxここを行ってください!"


 機体から降りると、空港職員の誘導があった。リパライン語の分からない外務省職員たちもなんとなくその指示に従って、クールな清潔感のある通路を歩いて行く。

 普通は入国審査があるんだろうが、俺たちはどうやら外交官専用の通路で通れるらしい。列に並ばされた俺らは一人ひとり簡単な身分確認だけで通してもらえたのだった。PMCFで特別に扱われたときのことを思い出す。


"Next!"


 空港職員とは、身なりの違う制服の職員に呼ばれる。ぼーっとしていたのは確かだが、強い言い方には奢りを感じる。インド先輩も入国管理官は日本以外は強面ばかりと言っていた。そんな彼も入国管理官の顔を綻ばせるために当時幼かった自分の妹を抱き上げて見せたのだとか。実際、マレーシアの入管の人はそれで笑顔を見せてくれたらしい。一方、インドの入管職員は結構雑で、彼が親の関係で取得していたミドリのパスポート公用旅券のことをよく知らずに手間取っていたらしい。

 人は外面では判断できないというのは本当のことのようだった。


 身分の確認を終えると預け入れていた荷物を受け取り、ロビーのようなところに出た。ここまで来ると現地人らしき人がチラホラと見えてくる。

 このロビーで既に到着している大使館の職員に付いていくようにと言われたのだが……


(一体何処に居るってんだ……?)


 見回してみてもそれらしき人物は……いや、もしかしてあれなのだろうか?

 俺の視線の先にはスーツルックの女の子が居た。髪は短めのボブで、染めては居ない。顔はなんだか垢抜けてないようなほんわかした感じで、フォーマルな服装に似合わない童顔だ。彼女は困ったようにキョロキョロと周囲へ視線を向けていた。そんな視線が俺を捉えると、パアッとその顔を明るくしてこちらに駆け寄ってくる。


「やっと見つけましたっ……てうわあっ!?」


 そして盛大にずっこけて、手に持っていた書類をぶちまけた。俺の顔に。

 叩きつけられた書類は、俺の顔から床へとばさばさと落ちていく。


「あ、あ……ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」


 頭を何度も下げて謝罪の言葉を続ける女の子を前に俺はため息をつく。

 地面に落ちた書類を拾ってまとめて渡してやると、慌てた様子で彼女は受け取った。


「ありがとうございます、えっと……」

「――あなたが大使館の職員ですか?」

「は、はい、在ユエスレオネ日本大使館外交官補、リパライン語研修員雪沢豊雨ゆきさわ ゆあと言います。」

「研修員……? 正式な職員ではないんですか?」


 そう問いかけると、目の前の外交官見習いは少し不満げに眉をへの字にする。


「正式な外務省職員です! ただ、今は大使館に人員が足りて無くて、若手の私が案内することに……」

「まあ、そう思ったんですよね。なんか幼いなって」

「これでもれっきとした24歳ですっ!」

「ずっこけて、人の顔に書類をぶちまける24歳」

「うっ……!」

「人探しにきょろきょろ見回す24歳」

「ぐぅ……語学能力があるだけの高校生に馬鹿にされてます……!!」

「俺のことをよくお分かりのようで」


 少しもてあそんだだけで、ぐぬぬという顔を見せてくれる。なんというか、分かりやすいというか。


「それで、これからはどういう流れに?」

「あ、そうでした。取り敢えず、今日はこちらで用意した居住区と運転手を紹介します。ゆっくり休んでもらって明日から職務についてもらうことになります」

「はあ」


 豊雨についていくと、魔港の外に一台の日本国旗が付けられた車が止まっていた。政府の公用車だ。乗り込むと彼女は手元の書類をめくりながら、話の先を進めた。


「詳しいことはまた明日ですが、八ヶ崎さんにはうちの専門調査員になって頂きます。ですが、どうやらユエスレオネ側の事情で一定期間は外交官向け語学研修所に通ってもらう必要があります」

「外交官向け語学研修所?」


 リパライン語が出来るから呼び出されたのに?――という言葉は喉の奥に引っ込め、豊雨に頷く。


「ええ、どうやらある程度リパライン語能力があると認められた者は、そこに入らなければならないようで……」

「なるほど、確かにこの際なのでリパライン語力の向上のために通ってやりますよ」

「いえ、その……」


 豊雨は何が俺に伝え損ねたことがあるかのように言い渋った。しばらくして、何か意を決したように口を一文字に結んでから、また淡々と喋り始めた。


「気をつけて下さい。クラスで適正が無いと認められると、外交官権限が剥奪されます。そして、現在ユエスレオネには決まった地球人のみが入国できるようになっていますので――」

「それはつまり」


「――国外退去を求められるのと同じ……ですね」

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