#358 イプラジットリーヤ・アレス・レヴィア
出入り口には、身体・手荷物検査のX線検査機があった。警備員が通り抜けようとする俺たちを制止しようとしたが、豊雨が身分証を見せることで、そのまま素通りすることが出来た。彼女も立派な身分を持っていると感じさせる一面だった。
分厚そうなドアの前に立った豊雨はノブを掴んで、俺たちの方を振り返った。
「このドアを開けば、すぐそこに彼らが居ます。心の準備は良いですね」
「豊雨ちゃん、高校生を脅かしちゃダメだよ」
背後からにやけ顔の谷山がちょっかいを出す。空気が幾分か和らいだ気がしたが、豊雨は少しばかり苦い顔をしていた。
「行きましょう。事が荒らげる前に情報を集めておきたいです」
「……分かりました」
俺の言葉に意を決して、豊雨はドアノブを捻った。
その先には、先程のデモ集団が見える。彼らは大使館の扉が開いたことに少しばかり驚いた様子で威勢が削がれたように見えた。ぽかんと立つ豊雨の片手にある拡声器を取って、俺が一番前に立った。
"
拡声器で投げかけた俺の言葉に、デモ集団たちは少し困惑した様子で抗議の声を弱めた。そんな集団の中から、一人猫耳のようなものが生えた女性が前に進み出た。髪は煤けたような銀色で、理性的な顔立ちをしていた。地球で言うトレンチコートのようなものに赤色のネクタイを合わせている。
"
彼女は俺の前でぺこりと一礼をする。
「えっと、何と言ったんですか?」
「……とりあえず、敵意は無いようですよ」
豊雨の疑問に答えると、背後に立つ谷山ともう一人の警備官の緊張が少しやわいだように感じた。
"
"
女性にそういうと、俺は豊雨に向き直る。イプラジットリーヤと名乗ったことと自分一人だけ大使館に入れて欲しいと言っていることを端的に伝えると、彼女は腕を組んで考える様子になる。
「確かにこの大勢ではなく、一人なら安全も確保されるでしょうけど……」
「何か問題でもあるんですか?」
「いえ、取引としてデモを解散してもらおうと思うんですよ」
「なるほど、聞いてみましょうか」
イプラジットリーヤに、豊雨の案を提示してみる。こうしてみると日本語・リパライン語翻訳も大分スムーズにできるようになったなと感じる。
銀髪猫耳の彼女は "
「やけに素直なデモ隊だねえ」
デモ隊を解散させるイプラジットリーヤの背後を見ながら、谷山が感心したように呟く。
「まあ、彼らにとって私たちは直接の敵ではないですからね。話を聞いてもらえるなら、粘る理由もないんでしょう」
そんなことを適当に言っていると、いつの間にか目の前にはイプラジットリーヤのみが残っていたのだった。
* * *
――一階・第三応接室
少し広めの空間に取り急ぎ用意されたと思われるパイプ椅子と長机、文句も言わずにちょこんと座っているイプラジットリーヤには周りが異国の異民族だらけであり、在外公館として治外法権が通用するとしても怖気づかないような威厳があった。
豊雨としては、いきなり大使に合わせるのは良くないし、彼女の権限としては不可能だとして、通訳者である俺を通して情報収集をするという体でこの部屋を借りたようだった。
"
微笑みを湛えながら、イプラジットリーヤが言う。一言一句を書き取りつつ、豊雨に簡単な訳を提示した。あとは、俺は通訳に徹する。豊雨もタマゴとは言え、外交官だ。上手く情報を引き出してくれるだろう。
「
"
訳を提示したところ、豊雨は難しそうな表情を見せた。それもそうだろう、谷山が言う通り、彼らは自分たちの問題に日本を巻き込もうとしているのだ。
しかし、このあと俺たちは更に複雑な問題の背景を知ることになる。
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