#145 ディスアトゥート


 カリアホは別の用事があるようで、ガルタに連れられて別所に行くようであった。そういうわけで、翠は一人でバスの車窓を眺めることになっていた。

 車窓に流れる木々、灰色の道路の脇を歩く人々。次に流れてきた大看板は"retlaレトラ"と街の名前を指し示していた。

 帰りのバスに乗って移動する間、今日あったことを考えていた。翠が心に靄を抱えていても、授業のチャイムは鳴って生徒たちは廊下を行き来する。二日前と同じように黒板にはリパライン語がひたすらひたすら並んで、翠はノートを取るだけで精一杯であった。教師に当てられても、内容を理解していないうえ、語彙力不足で質問の内容を理解することが出来ない。喉の奥から呻くように出た言葉は全て"mi firlex niv分かりません."で、そのうち教師陣は自分を授業中に指さなくなった。人前で恥をかくこともこれでなくなったというわけではある。

 だが、心の中には何かしこりのようなもの残って、この流れをすんなりと受け入れることを拒否していた。


(調子が悪いな)


 シャリヤと食堂で邂逅した後から、何もかもネガティブに捉えているような気がした。シャリヤが去る前に見せた不機嫌そうな顔が脳裏にいつまでも残って、他のことに何も集中できなかった。

 窓からはこの世界に来てからずっと見てきた町並みが見えてきていた。レトラの町だ。バスは町中に入って停止した。


"Furdzvok molレトラに…… retla居る!"


 レトラに到着したことを伝えるバスの運転手が言う声に腰を上げる。よく分からないが、多分"furdzvokフージュヴォク"は主語で「バス」のことを指すのだろう。なんだか全身が鉛のように重かった。

 

 翠は大通りを通って、家まで帰っているうちに前を歩くシャリヤを見つけた。夕日が照らす銀髪はセピア色に彩られて輝いていた。別のバスに乗って帰ってきたのであろう。

 一人で歩いている後ろ姿は寂しさを感じさせた。歩調を少し速めてシャリヤの隣まで行く。何も考えていなかったが、考えるよりも先に足が動いていた。


"シャ...... xalijastiシャリヤ, salarやあ."

"Cenesti......"


 シャリヤはこちらを見て、驚いた表情をしていたがすぐに不機嫌そうに眉尻を上げた。そのままぷいっとそっぽを向いてしまった。シャリヤは昼食のときに自分が呼ばれなかったことをそこまで怒っているのだろうか。そう思うと申し訳なく感じてくる。


"Harmue kali'ahoカリアホさん…… xici tydiestは何処に行ったの?"

"Edixa ci彼女はガルタ tydiest galtaさんとどこかに ad fhasfa'l行っちゃったよ......Naceごめん xalijastiシャリヤ, mi nacees mels昼食のときに deroko niv呼ばなかったのは fal knloanil謝るよ."


  シャリヤがばつが悪そうにそらした顔を下げる。いたたまれない空気が二人の間に流れた。


"la lexそれは waxes......"


 シャリヤは消えてしまいそうな蝋燭のような声音で言った。そのまま、声は帰路に付く生徒たちの喧騒に飲み込まれるように消えて、二人は無言になってしまった。

 翠は手を打った。


"Lecu miss lersse今日は一緒に nihona'd日本語を lkurftless勉強し fal sysnulようよ, xalijastiシャリヤ."


 シャリヤがはっとしてこちらを見てきた。目に輝きが戻りつつあった。

 翠がシャリヤにしてあげられることは、日本語を教えるくらいしか無い。美味しい健康食を提供することも、コンビニ経営でお客を喜ばせることも、武人と手を組んで商人として大成することも能力がない自分にとっては叶わない。今、シャリヤが喜んでくれる自分が持っているものは日本語くらいしか無い。

 シャリヤは、考え込むような表情をしてからふふっと笑った。蒼玉のような瞳は興味深そうにこちらを見ている。


"Cirla io本当に co lirf言語が好き lkurftlessなのね jaはい?"

"Merc, ja.まあね"


 言語が好きなのか――それはさておきこの世界を生きていくためにインド先輩に貰った知識は十分に役に立っている。言語を通して、この世界の情勢や人の考え方を知ってきた。失敗や成功を繰り返して、彼らの世界を覚えてきた。その知識が自分に味方してくれるのなら、嫌いなことはないだろう。


"Mi at私…… kanti lineparineリパライン語をあなたに co'c教えたい."

"Jaああ."


 シャリヤの表情は既に明るく期待に満ちたものになっていた。

 以前だって、日本語を教えようとしてリパライン語を教えられた。そのおかげで新しく"lex"という機能語を覚えることが出来た。お互いに教え合うことで、更にわかりあえる上に親睦も深められる「母語の教え合い」は最高のコミュニケーションだ。 


"Harmie co lersse日本語に関して mels nihona'd何を勉強 lkurftlessしたい?"


 シャリヤは翠の質問を聞いて考え込むように頭を傾げた。セピア色の陽の光が髪に差し込んで、独特な輝きを帯びながら長い銀の髪が肩を滑っていく。彼女は思いついたかのようにまばたきをして、こちらを向いた。


"Selene mi私は……を qune dicuraturt知りたい!"

"Ers dicuraturtなんだって?"


 シャリヤに訊き返すと、彼女は思い出したかのようにどう説明しようかと考えていた。"dicuraturtディスーアトゥート"は文脈からも手がかりがなく意味がよく分からない。シャリヤも説明しづらそうにしているし、ここは辞書を引いて確かめたほうが良いのかもしれない。


"Ers vynut大丈夫だよ, xalijastiシャリヤ. Wioll mi辞書で調 melfert levipべるから."


 そういうとシャリヤは笑顔で頷いた。

 二人で大通りの端を歩きながら、ちょっとした他愛のない話をしてついに家についたときにくたくたになっていたがとりあえずは辞書で"dicuraturtディスーアトゥート"を引こうと思った。

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