#187 廃止された
翠は地面に落ちている紙切れを一枚拾い上げてみた。左上には星型と線がいくつか引かれており、全体的に青色の色調に下側に薄っすらと何かの後ろから太陽が昇っている建物の絵が書かれている。真ん中に書いてあるのは"10"と謎の記号、その下には"
(もしかしてこれは、紙幣なんじゃないか?)
紙切れの端にはひし形のホログラムが貼られていた。どう見ても紙幣にしか見えなかった。"10"と書いてある横のラテン文字の"e"と"/"をくっつけたような記号は恐らく通貨記号なのだろう。
シャリヤは翠の拾った紙幣らしき紙切れを見ながら、何やら懐かしそうな顔をしていた。
"
"
良く分からない単語が続いたのでついついいつもの癖で単語を聞いてしまう。シャリヤは"
どういうことなのか良く分からないが道端に紙幣が大量に落ちているということになるのだろう。
"
"
シャリヤは困ったような表情になってしまった。たしかに良く考えれば拾った紙幣を使って何かを買うなんてのはモラルに反している。だが、そんなことを言っていられる状況だろうか。翠は服のポケットに入るだけの紙幣を詰め込んだ。シャリヤは何一つ文句を言わなかったが、ただそれを見ながら目を反らして苦笑いしていた。欲深い人間と思われたのか分らないが、この状況で持てるものを手放すほうが頭のいい考えとは言えないはずだ。
そんなことをしているうちに昼になったようだった。通りに出ているルーリア祭の屋台に人が増えて、美味しそうな匂いが鼻孔を刺激してくる。シャリヤも屋台を見ながら、ため息を付いていた。彼女の悲しげな表情がどうしても心に刺さる。「ルーリアの時期だから、温かいものが食べたい」と言った彼女の過去の言葉が脳内で反復する。
今拾ったお金を使わずにいつ使うのだろうか。いざとなればフィアンシャで食だけは確保できるはずだ。自分はいくらでも苦労しよう。だが、シャリヤには不幸せになってほしくはなかった。
"
シャリヤは何か言いたげだったが、何も言わずに頷いてくれた。その複雑な表情にどんな意味があるのかは分らない。寂しかったのかもしれないがシャリヤを連れて行かなかったのは、追われている彼女を町中で連れ回すのは危険だと思ったからだ。そうしてシャリヤを路地に置いて、屋台の方へと向かった。
歩き続けると昨晩にシェレウルと行ったリウスニータの屋台が見えた。昨日も今日も変わらず繁盛しているらしく、銀髪の店主が忙しく働いていた。相変わらず
"
"
指さされたのは開かれたノートだ。よく見ると色々な名前が記帳されている。やはり、システムとしてはレトラと同じらしいがここで素直に名前を書くことは出来なかった。ポケットからノートの上に何枚かレジュ紙幣を出す。
"
銀髪の店主は何か言いづらそうにしていた。紙幣を見つめて、それからこちらを見た。出したお金が足りなかったのだろうと思って、更にポケットから紙幣を取り出すも店主は面倒臭そうなものを見るような目でこちらを見てからため息をついた。
"
"
どうやら更にお金が要るようだ。屋台だというのに物価が相当高いらしい。外国人だからふんだくろうという考えなのだろうか。それにしては店主の顔は困り顔だった。
いや、教会の話が出てきたのを考えると、あの紛争の後でもしかしたらハイパーインフレが発生したのかもしれない。あれだけ大量の紙幣が捨てられていた事自体に違和感を持っていたが、物価が急激に高騰し、紙幣が紙くずになっていたのであれば道端に捨てられるのも不思議ではない。
そう思ったが、後に引けなかった。シャリヤにどうしてもリウスニータを飲ませてやりたい一心でポケットの中の全ての紙幣を取り出して叩きつける。
(これでどうだ?)
それでも店主は困り顔のままで、はっきりとしたことが言えない様子だった。そんなことをしているうちに後ろから誰かに肩を叩かれた。
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