異世界転生したけど日本語が通じなかった

#368 頼みの綱

　時間は早朝ともお昼時とも言えない微妙な時間。俺はイプラジットリーヤと共に少し薄汚い街角に訪れていた。表通りからは離れた薄暗い路地に入ると、一人のケモミミが生えた少女が現れた。

"Salarua（こんにちは）, lacalirjasti（ラサリーヤ）."

"Xux（……）, vaj（お姉ちゃん）!"

　イプラジットリーヤを見ると少女は満面の笑みを浮かべる。しかし、その背後に立つ俺の姿を見た途端に警戒心を顕にして顔がこわばった。

"Harmae si es（その人誰）?"

"Si m'es（彼は） jazgasaki.cen（八ヶ崎翠）, es vynut larta ja（良い方ですよ）. Lirs（それよりも）, lacalirjasti（ラサリーヤ）, shrlo derok als.（皆を呼んできてください）"

　コクリとうなづいた少女――ラサリーヤは路地裏の奥の方へと走り去っていった。

　それを見送るイプラジットリーヤに俺は腕を組んで、首を傾げた。

"Niss tvarcar snietij（俺みたいな人間は）onj larta xale mi（信用されないんですね）?"

　それを聞いた彼女は少し寂しげな表情を見せた。

"Nace（ごめんなさい）...... Chaku at veles（彼等は仲間でさえそう） xelo xale la lex（見るものですから）......"

　彼女の回答を聞いて、少しバツが悪いような感情になる。人間貧しくなれば、様々なものを切り詰めるものだ。そして、彼ら――ラッテンメたちは、信用まで切り詰めてしまったということになる。

　そんなことを話しているうちに、路地裏の奥の方からぞろぞろと人影が現れた。

　その集団はケモミミが頭に生えた人たち……だけではなかった。フィレナのような――Xelkenの黒服を着た人、肌色が褐色でリパラオネ人とは一味違った顔つきの人、挙句の果てにはグラップルを射出しそうな人型ロボットまで居る。

"Salarua（こんにちは）, vaj iprasitlirjasti（イプラジットリーヤ姉）!"

"Ej（こら）, lkurf «xace» carxa'c（“ありがとう”って……に言いなさい）."

"Vaj（お姉ちゃん）! Xel fqa（これ見て）!"

　いつの間にか、イプラジットリーヤの周りは子供たちで溢れていた。それを見つめる背後の大人たちもほっこりとした表情だ。彼女は持ってきたビニール袋の中から小袋を取り出して一人ひとりに配っていく。お菓子か何かなのだろう。受け取った子供たちは大喜びしている。

　子供たちに引っ張りだこのイプラジットリーヤは、彼等の誘いを丁寧に断りながら、こちらの方に戻ってきた。それと共に俺の存在に気づいた幾らかの大人達の怪訝そうな視線がこちらに向けられる。

"Mi'it fqa'ct（ここに連れて） deroko elx（きたのは） jol es metistaj（あまり得策じゃ） niv vynut iulo ja（無かったんじゃないですか）?"

"Ers niv julesn（そんなことはありませんよ）."

　イプラジットリーヤは静かに微笑みながら、そのケモミミを震わせる。

"Mi karx xelo（私は見てもらい） ny la lex（たかったんです）. Hame harder mol（貧しい人がどんな風かを）."

"Firlex（そうですか）."

　俺はイプラジットリーヤの言葉を聞きつつ、彼等の賑わいを暫く見ていた。

＊　＊　＊

"Iprasitlirjasti xici（イプラジットリーヤさん）"

　薄暗い路地から表に少し外れた場所。空を見つめながら黄昏るイプラジットリーヤを追って、俺はケモミミたちの賑わいから抜け出してきた。

　彼女は俺に気づいている様子だったが、空を見つめるのを止める様子はない。

"Edixa mi nun（他の国の） ete'd icco'd（外交） xelicorje（官に）'c mels ny la lex（聞きました）. MLFF tydiest niv（日本の在外公館を除いて） filx nihona'd（MLFFは交渉） duxienal xelicorje's（に行っていないそうですね）."

"Jexi'ert（そうですね）."

　さらりと返される。そう、彼女についていったのは、何もラッテッメ達の様子を観察するためだけではない。今朝、ニェーチから聞いた日本以外に交渉を持ちかけていない事実をイプラジットリーヤの口から説明してもらうことも目的に含まれている。

"Harmie co（何故他の国） nun niv et（に聞かない）e'd icco'c（んですか）?"

"Edixa miss nun（聞きましたよ）."

　即答だった。

"Pa（しかし）, ete'd icco（他の国は） xelvin melses（続けてファルトクノアと） faltknoa'c（関係を持っていました）. Mag（だから）, edixa niss（彼らは私達を） celdin niv miss（助けませんでした）."

"Mal（それで）, dytysnon virotal（新しく接触） l'es nihon lap（日本だけが） is veleser nuno（交渉の対象になったと）."

　イプラジットリーヤは頷いた。静かな頷きは一方で、顔に表情の陰りを生んでいた。日本が交渉を本格的に断れば、後が無いのだろうか？

　そんなことすら彼女の表情からは読み取れる。

"Lirs（そういえば）, co qune ferlke（谷山という名前）stan zu veles（に聞き覚えは） stieso tanijama（ありますか）?"

"Tanijamasti（谷山さんですか）......?"

　イプラジットリーヤは今度はきょとんとした表情で首を傾げる。頭の上のケモミミがぴょこりと振れた。

"Harmae ni es（誰でしょう）? Ni es takang（タカン人の方）a'd larta（ですか）? "

"Niv（いえ）...... Jol liaxu coss（もしかしたらあなた達には） metista melses（関係ないことだったかも） niv（しれません）."

　この様子を見ると、どうやら彼女は谷山のことを知らないようだ。

　イプラジットリーヤは気になった様子で俺の顔を見つめていたが、ややあって知るのが困難だと察すると空に視線を戻した。

"Jazgasakisti（八ヶ崎さん）, cene niv co mak（日本の方々に） plasi nihonersse'c（もう一度私達の） mels karxerl（望みを伝えて） misse'st（くれませんか）?"

"Firlex（わかりました）."

　短い返答にイプラジットリーヤはさらなる言葉を付け加えることはしなかった。望み薄だと思ったのか、それとも期待を抱いて黙っているのか。

　いずれにしても、再び沈黙が場を支配するようになったのだった。