#151 違和感
図書室まで行く道は覚えてしまった。学校に在学している間は何回も使うことになるだろうから、地図を覚えてなくても図書館までの道は行き来しているうちに覚えてしまう。
三階にある図書館までは階段を上がっていくだけで良い。踊り場では銀髪蒼目と黒髪黒目の生徒たちが休みだからとたむろして、喋っていた。喋っている内容は相変わらず分らないうえに、なんとなく内容が読み取れそうな気がするリパライン語だけでなく、さっぱり全く分からない言語で喋っている生徒は依然居た。中国語のような音、ベンガル語のような音、インドネシア語のような音、スラブ語のような音、フランス語のような音、地球の言語で例えればこんな感じだろうか。彼らの言葉にも興味はあるが、そのためにもリパライン語の文法書を先に読んで、さらにリパライン語の語彙数を増やすべきだ。未だに日常会話すらままならない癖に他の言語をリパライン語を用いて学ぶなど早すぎる。
特段、急ぐ必要もないのでゆっくりと階段を上げっていく。上から見た彼らの頭は、囲碁の石のように見えた。そういえば、黒髪と銀髪以外の髪の色をこの世界ではあまり見ないわけだが、時々ブロンドや茶髪の髪の生徒も混ざっているのが見えた。なんとなく染めているわけではないのは分かるが浮いている感が否めなかった。自分の髪色がこの世界で一般的な方で良かったのかもしれない。もし、虹色髪が一般的な世界に転移して、自分だけ黒髪だったら異様な目で見られるばかりだろう。そんなビビッドな髪色世界があるのかは分からないが。
相変わらず図書館のドアは立て付けが悪かった。以前力任せにドアを開けて恥ずかしい目にあったので今回は用心してゆっくり開けようとしたが、それでは逆になかなか開かなかった。後ろを通り過ぎていく生徒たちは不思議そうにこちらを見てくる。一体この図書室に入っている人間はどうやってこのドアを静かに開けられたのか。
司書さん含め、この学校の七不思議の一つに数えられるだろう。否、この世界にはわからないことが多すぎるのでひっくるめておまけして三大七不思議四天王くらいにしておくべきか。トリガーハッピーワンマンアーミー司書さんとか異世界からやってきた言葉の通じないしがない自分もそれに含まれるのだろうか?
そうこう馬鹿な考えをしているうちに時間は過ぎていく。これほどドアをがちゃがちゃしているのだから内側から司書さんか生徒が開けてくれればいいのに――そう考えていると誰かの手が自分の手の上に乗った。白磁のように白い肌、絹のような感触が手の上に触れていた。
"
振り返ると、降り積もった雪が光を反射して見えるごとくの白銀の髪、透き通った青玉のような瞳の持ち主、シャリヤがそこに立っていた。シャリヤが手を合わせるとドアはすんなり開いてしまった。
「あ、えっ?あれ……?」
"
シャリヤは得意げに胸を張っていた。何度でも言うけど、無い胸を張……これ以上繰り返すと本人の前で口に出して、日本語講座を求められて第二の"fenxe baneart"になりそうな気がする。やめておこう。
"
"
"
インド先輩から聞いた話だが、小さい頃は言葉がさほど通じなくてもお互いになんとなくだが通じあえたという。だが、八ヶ崎翠はもはや高校生だし、そんな時期は脱してしまったと言っても良いだろう。言語を学ばなければまずお互いを理解し得る戸口に立つことは難しい。仏教研究者はサンスクリットを勉強し、カトリック神学研究者はヴルガータを読むためにラテン語を勉強し、英米の文学を理解するために英語を勉強する。こういう例を思い出せば、まず言語を学び、理解することの重要性が分かってくるだろう。
翠はシャリヤと共に図書室へと入っていった。そういえばシャリヤは昨日カリアホが来てすぐに寝てしまっていた。体調が大丈夫なのか心配なところだ。
"
"?
彼女は不思議そうに聞き返してきた。とりあえず、風邪とかそういうわけではなさそうだ。早く寝ておいて正解だったのだろう。
"
"
シャリヤは気丈に答えて、可愛らしくこぶしを作ってぽこぽこ翠の肩を叩いていた。はたから見れば元気そうに見える。ただ、一瞬だけ見えた彼女の無表情に翠は少し不安を抱いていた。
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