#103 来訪
「今日こそ、イェスカさんにはっきり断りに行かないとな。」
身支度をしながら自分に言い聞かせるように翠は言った。
シャリヤが用意してくれた昼ごはんを前に決意を新たにしていた。シャリヤはレトラの定期労働の決まりから既に家から畑の方に出発していた。早くから外に出たのか冷えた穀物がゆと副菜が並んでいて、手紙が添えらていたのだが、読んでもよく理解できなかった。数字とか"
シャリヤが出かけてから数時間は経っていると思った。イェスカが置いていった時計を見て、既に時刻が12時を回っているところを見るとずいぶん長く寝ていたことが分かる。シャリヤはもし食堂が空いてなかったら空腹のままで可愛そうだと思って作って置いていってくれたらしい。なんて思いやりがあるのでしょう。どこぞの国の指導者も同じようなことを言われていた気がする。まあ、謎に包まれ人目を欺く、世界で最も孤立し秘密主義の国の指導者がシャリヤだったりしたら驚きだ。健康な状態でモルヒネを打たれるのは御免だね。
フェリーサが何処かへ行ってしまったあの後、昼寝でもしてそのことを忘れようと思っていた。しかし、フェリーサの顔やヒンゲンファールの懇願、イェスカの手紙の話がまたぐるぐると頭の中を巡り始めて全く目が醒めてしまった。結局、昼寝も出来ずリパライン語の勉強をしようと思って辞書を呆けながら眺めてたら、没頭しているうちに午前3時くらいまで起きてしまっていた。結局分かった単語は"
"
"
軽快な声、ドアが開くとシャリヤがそこに立っているのが見えた。挨拶と共に軽く笑顔を投げかけてくる。
いつ見ても綺麗な銀髪、宝石のように青く透き通った瞳、いつも通りのシャリヤの姿に対して服装は農業用のベージュ色のオーバーオールだ。シャリヤにはあまりに彼女にはこういう泥臭いのは合わない気がするが農作業をするときはこれが動きやすかったりするのだろうか。フェリーサに作業を替えさせたいほどだ。
シャリヤは翠を認めると、オーバーオールについた埃を玄関で払ってから部屋に入って来た。テーブルに並ぶ穀物がゆなどにあまり手が触れられてないのを見ると少し申し訳なさそうな顔をしていた。
"
"
"
"
"
申し訳なさそうにするシャリヤに手を振って、否定すると幾分かシャリヤも安心したようだった。そのまま部屋の奥の方に行って、戸を閉めた。こちらが静かに穀物がゆを口に運んでいると、布が擦れる音が聞こえた。どうやら着替えをしたりしてるようだ。
"
戸が少し開いた。一瞥すると頭だけ出してシャリヤがこちらに警告するのが見えた。着替えを覗いたことなんて一回もないし、シャリヤがそういうことを気にするのも最近ではなかった。
"
苦笑しながら答えるほかなかった。見ないように顔を背けたから表情は分からなかったが、シャリヤも少し笑っている様子だった。からかってるつもりなのだろう。ばたりと戸は閉じて、静寂が訪れた。
本日の昼飯は穀物がゆと潰した芋類、何かの肉のつみれに酸味のあるソースがかかったものだ。飲み物として少し白濁したスポーツドリンクのような味の飲み物が置かれていた。これはどうやら"kyrnal nuporju"というらしい。シャリヤが居ないときに冷蔵庫を漁って語彙力を上げようという魂胆だったが、結局これくらいしか頭の中に残ってない。牛乳でも単語が分かれば良かったが、そのとき牛乳は冷蔵庫の中にはなかった。不運といえばそうだが、かといって店先まで行ってじろじろ値札を見るのも癪に障る。
(ん?)
玄関の方で誰かが戸を叩く音がする。誰かが家の前にまで来ているのだろう。いつもはこういう場合はシャリヤが先にドアを開けて応対していた。一度翠が出たこともあったが、言葉が分からず話になったもんじゃないと相手に怒られてしまった。その時はシャリヤが直ぐに対応してくれたから良かったが、今は彼女は着替え中だ。自分がまた出て、怒られるほかないだろう。言語学習の日進月歩とはそういうものだ。
席を立って、胸を張って玄関に向かう。ドアノブを開いて、誰が来ているのかを確認した。
"
身じろぎした。
玄関の先に立っていたのは軍服じみたオリーブ色の服を着た男だった。眉を寄せて、不機嫌なようにも見えるが、ぴくりとも眉間が動かないあたりこういう顔立ちなのだろうと思った。栗毛色の髪が短く切りそろえられ、整えられている。胸にはコバルトブルーの勲章のようなものを付けている。以前調べたユエスデーアという勢力の青色の旗によく似ている。確かユエスデーアはフェンテショレー――つまり異教徒勢力に対立する勢力だった。
"
淡々と、相手を見下すようなものではなく、しかし油断のないような声色はシャリヤの居場所を問うた。レトラの民兵のようなごろつきの集まりではない、統制され指令に従って動く軍人の香りがした。
"
翠は答えなければ必ず何か悪いことが起きると予感していた。
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