#136 気遣い
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声に振り返る。後ろに居たのはパジャマ姿のままのカリアホだった。黒髪ロングの少女は眠そうに目を擦りながら、こちらを見つめていた。昨日着ていた赤茶色の伝統衣装じみた服とは違って、シャリヤのおさがりなのか青色のチェックのパジャマを着ている。綺麗な黒髪が背中に垂れていた。
カリアホも流石にリパライン語の挨拶くらいは覚えたのか、"
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"......sti?"
カリアホは首を傾げて、疑問を抱いている様子だった。
自分も当初はこんな感じだったので、懐かしみを感じる。名前に"-sti"が付いているのを自分の名前を間違えて覚えられていると勘違いして必死になって訂正しようとしていた時もあった。
そんなことを考えているうちに、ぐぅとお腹が鳴った。それと同時にカリアホの方からも可愛らしい空腹の音が聞こえた。カリアホはお腹を抑えて恥ずかしそうに目線をこちらから反らした。
自分もまだ起きてから朝食を食べていなかったので丁度良かった。食堂もまだ空いている事だろうし、たまには食堂で朝食を食べに行くのも良いだろう。
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"
カリアホは首を傾げたままだった。分からないことは分からないでいい、自分が引っ張っていけばいい話だ。
問題はカリアホに何を着せるかというところだ。シャリヤのおさがりのパジャマのままで外出されても困るわけだが、かといってカリアホもガルタも服を持ってきているわけではない。手ぶらでこの部屋にやってきている。
どうしようかと思って、寝室に入るとドレッサーの机の上にに重ねられた服と共に紙切れが一枚残されていた。
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よく見ると紙の下の方に、服と人が描かれて、服から人へと矢印が引かれていた。その人から右にまた矢印が引かれていて、矢印の指す方向には服を着た人が描かれていた。服を着ていない人と着ている人の間の矢印の上にはリパーシェ文字で"xalur"と書かれている。"celes xaluro fqass"という文章が分からないだろうというシャリヤの心遣いということだろう。
(気遣いのガチプロtouristか?)
見知らぬ人間がいきなり部屋で暮らすことになったというのに、服を用意してあげたうえに言葉が分からない翠に対してちゃんと分かるように説明を加えるという際限ない気遣い。シャリヤは一体どれだけ寛容な心と思いやりを持ち合わせているのだろう。リパライン語の感謝の言葉の語彙力の無さを悔いるほどに、感謝しきれないが本人はここには居ないのだった。
感動で胸が痛みながらも、服を持ち上げてカリアホに差し出した。
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"......
相変わらず何を言っているのか良く分からないが、とりあえず頷いておく。服っぽい布を差し出されたら、着る以外に解釈できることは少ないのではないだろうか。
カリアホは服を受け取ると、それをまじまじと見つめていた。このレトラで見たこともない民族衣装を着ていたのだから、カリアホにとっては逆に特異に見えるのだろう。それでもここに住む限り少しは我慢してもらう必要がありそうだ。
カリアホの居る寝室を後にし、翠はそのドアを閉めて、リビングの椅子にドアに背を向けて座った。どこぞの教会の長でも来なければ、レトラの街のこの辺りはもはや閑静な住宅街という感じになっている。静寂な部屋の中、壁越しに着替えで布が擦れる音が聞こえてくる。
ここで一瞬、思うことがあった。彼女に服の着方がわかるのだろうかということだ。馬鹿にしているわけではないが、この地域の服とは全く別の伝統衣装を着ているということは着方も違う可能性がある。この地域の服を説明なしで渡して着こなせるかという問題がある。
(大丈夫だろうか……)
そんなことを考えているといきなり寝室のドアが開いた。そこにはしっかりと着こなしているカリアホの姿が見えた。黒のフレアスカートに白いシャツをインしている。シックな雰囲気が長くて美しい黒髪に良く似合っている。カリアホは自分の着ている服を見渡して慣れなさそうな雰囲気だ。
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カリアホは気恥ずかしそうにこちらに何かを尋ねてきていた。良く分からないが、これで大丈夫だろうかというなんだろう。
翠は、肯定の意味で彼女に深く頷いて見せた。
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