#137 心配するな、峰打ちだ


 何の飾りっ気もない穀物がゆを前にして、カリアホは異様な目でそれを見つめていた。匙を入れて、ゆっくりとかき混ぜたりしていたがやっとしょうがないと思ったのか、それを口にした。


(食文化も違うんだろうな)


 カリアホと翠は、食堂の中に居た。朝、レトラの市民の大半は自宅で食事をする者が多いが、食堂は一応空いている。たまには食堂で朝ごはんを食べようと来てみたが、予想通り殆ど人は居なかった。

 翠も一口穀物がゆを口に運んだ。


"Malそれで, kali'ahoカリアホstiさん."


 名を呼ばれた少女はゆっくりとこちらを見た。その表情には、不安な感情が渦巻いているように見えた。

 言葉が通じない人と意思疎通をするのはジェスチャーを交えれば、そこまで難しいことではない。だが、彼女が一体どこからこのユエスエオネという地にやって来て、どのような文化を持っていて、どのような言語を喋るのかを整理しながら調べることは非常に難しいことだ。

 シャリヤたちとの交流の中で、培ってきたこの世界の知識も未だ中途半端なままである。とりあえずは、カリアホにある程度リパライン語を理解してもらえるようになってほしいところだ。


"Lecu miss食べた後で lersseリパライン語を lineparine勉強しに pesta knloano行こう."

"......?"


 カリアホは何一つ分かっていない様子であったが、首を傾げながらとりあえずという感じで頷いていた。


 食事が終わったあと、食器をカウンターに返却してから二人は食堂から出てきた。何らどこかに行く案があったわけでもなく、大通りをゆっくりと進んでいた。

 カリアホに言ったとおり、リパライン語を教えてあげるべきだ。ユミリアも彼女はリパライン語をある程度学ぶ必要があると言っていたし、自分もさらにリパライン語を深く知ることになるかもしれない。

 だが、方法はさっぱり思いつかない。そんなこんなしているうちに、目の前には図書館が現れていた。


(シャリヤの邪魔にはなりたくないな。)


 図書館に入ってカリアホにリパライン語を教えていたら、多分誰もが気になるだろう。あまつさえ、翠がリパライン語を教えているところをシャリヤが見逃さないわけもない。そうなったら、せっかく後で日本語を教えようと約束したのを台無しにしてしまう。

 そんなことを考えながら、図書館の前を素通りしてしまった。


"Nifxersti xol改宗! Harmie co'dお前の fenye es……は何だ!"

"Corsh! Fanken marlastan lerから!"


 強く怒鳴りつける声が広場の方から聞こえてくる。目を向けると二人の民兵らしき服装の男に誰かが絡まれているのが見えた。ショートの黒髪、黒のショートパンツで上半身はモノクロチェックのジャージのようなものを着ている。飾りっ気のない白いキャップがさばさばした感じを伝えさせる。あっさりとした見た目は見覚えのあるものだった。


(インリニアか……?)


 インファーニア・ド・ア・インリニア、学校の図書館で出会ったリパライン語が母語話者ではない生徒の一人だ。レトラに住んでいたのかもしれない。ただ、二人に凄まれて怒鳴られる彼女の顔は屈辱に満ちていた。


"Coお前は jel la lypite'c felx shrlo moute……しろ melo!"

"Jaああ, cest miss俺らを da!"


 煽るように二人の男が言う。言われた方のインリニアは、腰に据え付けている刀の鞘にそれを護るようにして手を掛けていた。目をつむり、男たちから顔をそらす。感情に満ちていたはずの顔は一瞬で無表情になった。

 カリアホは、恐怖を感じたのか翠の背の後ろに隠れてしまった。翠自身も緊張して声をかけることもできなかった。


(まさか、刀を抜いたりしないよな……って、こういうことは前にもあったな?)


 つまり、時すでにもう遅しということである。


"egiaぐあぁ!"


 インリニアの前に一筋の銀の光が生じる。あの間合いでは分かっていようが、いまいが避けることはできなかっただろう。男は刀による一撃を受け、後ろにそのまま倒れ込む。もうひとりの方は、こうなるとは思いもよらなかったかのようにインリニアと気絶した男を交互に見ていた。


"Ers vynut大丈夫だ. mi reto niv峰打ちだ."

"Costiこの野郎!"


 民兵の男は手持ちの小銃の銃床を振り上げて、インリニアに襲いかかった。しかし、インリニアは開いた腹に一撃を加え、体勢が崩れたところで男の後ろ首に刀の持ち手で打った。その男もまた気を失って地面に倒れ込んでしまった。

 後ろに隠れていたカリアホは恐怖のあまり、こちらにしがみついていた。インリニアも刀を鞘に収めて集中が解けると、こちらの存在に気づいてバツが悪そうに頭をかきながらこちらに歩いてきた。


"Naceすまない, mi celes xelo君に……を co'st malnef見せて na'itしまった."

"......"


 どう返して良いのかよく分からなかった。インリニアはますます申し訳無さそうな雰囲気になっていたが、翠の後ろのほうで縮こまっているカリアホを見て、不思議そうな顔をしていた。


"Ci esその子は harmae誰なんだ? Ers co'd君の viojunsarkh……か?"

"Viojunsarkhasti?"


 また、聞き慣れない単語を聞いてしまって聞き返してしまった。インリニアはそれを聞いて、少し考えていたが何かを思いついたかのように手を合わせた。


"Fua naceesoお詫びのために, mi kanti君に lineparineリパライン語を co'c教えよう."


 インリニアの上向きの声に、カリアホはそっと翠の背中から覗くようにインリニアを見ていた。インリニアが微笑みかけると人見知りかというほどにすぐに翠の後ろに隠れてしまった。

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