#138 はらから


 レトラには、広場があってその広場の周辺では人々が座ってくつろげるようにテラスが設置されている。広場の端の方では屋台が設置されることもあり、よくわからない記帳システムと共に運営されているようだった。

 そのテラスの一角に翠とインリニア、カリアホは座っていた。インリニアがリパライン語を教えてくれるというので、ありがたく教えてもらおうとしているところであった。カリアホはといえば、緊張してそうな顔で椅子に座ってそれを眺めている。ここまでの展開は彼女にとって何も理解できていないだろう。理解できていれば、リパライン語の勉強も必要ないのだろうが。

 翠は講座をしてもらうのならば、と思ってノートと筆記用具をとりだして、メモを取ろうとしていた。


"lodiel fgir plaxそれをロディェルしてくれ."


 インリニアはノートとペンをさしてそういった。もしかしたらインリニアはリパライン語会話の練習でもやってくれるのだろうか、ノートを取るのではなく顔を見て話したほうが自然な表現の練習になると考えているのならばこれらは必要ないと思っているのだろう。そう思って、ノートとペンをバッグに戻そうとしているとインリニアはそれも止めてきた。


"Mi lkurf celeso私はそれを私に持たせて letixo'it mi'c fgir欲しいって言ったんだ. <lodiel>'d kante es"lodiel"の意味は celeso letixo'it誰かが何かを fhasfa'st fhasfa'it持たせることだよ."

"hmmふむ......"


 どうやら"lodielロディェル"の意味は、「貸す、持たせる」くらいの意味なのだろう。「それを貸してくれ」と言っているのにバッグにしまい始めたのだからそりゃ違うと修正されるのだろう。

 説明したインリニアは翠が理解できたのか、訝しげにこちらを見ていたがバッグに戻しかけたノートとペンを渡すと頷いて、ノートに何かを書き始めた。


 そのページの中心には"mi"と書いてあった。そして、その上に"vixijヴィシイ"と"malcaマルサ"という二単語が書かれ、刺叉に似た形で線が"mi"に引かれて、合流していた。その二単語の上には"josnusn両親"と上に書かれて、丸で囲まれていた。


(親族名詞の話らしいな?)


 親族名詞は言語文化を大いに映し出す鏡だ。英語や日本語では祖父、祖母は父方と母方で言い分ける単語は無い。しかし、タミル語だと「母方の祖母」はதாத்தி、「父方の祖父」はபாட்டன்と言い分ける。日本語だと「妹」と「姉」、「弟」と「兄」は単語を言い分けるが、英語では"sister"、"brother"というように年齢差で単語を区別しない。グリーンランド語は同性の年上angaju(q)・年下nuka(q)、男性から見た姉aliqa(q)・妹naja(k)、女性から見た兄ani・弟aqqalu(aq)で言い分ける。このように、言語ごとに親族名詞の体系は大きく異なる場合がある。

 とりあえず、リパライン語の"vixij"と"malca"はどちらかが父親で、もう一方が母親を指す単語なのだろうか。それとも自分の上にあるからといって、親だと解釈するのは性急だっただろうか。


 続けて、インリニアは"mi"と"josnusn"の間に引かれた線から線を伸ばして、viojと書いてその下に幾つもの単語を書き始めた。


 表を作って整理するなら――


|vioj | viojeffe | viojunsar |

|viojaph|viojeffeph| viojunsarph|

|viojakh|viojeffekh| viojunsarkh |


 ――という感じになる。


"varヴァル゛ qaileケレ feiファイ failaisèフェレス chieroumielシエル゛ミエ......"


 一通り書き終わった後、インリニアはそういって申し訳なさそうな感じで紙を眺めていた。流石に一気に教えようとして、気を張りすぎたという感じだろうか。

 そういえば、インリニアがリパライン語を教えようと思ったのは翠が"viojunsarkhヴョユンザーフ"の語義を理解できなかったからだった。この単語はきっと親族名詞の一つで、"mi自分"と"josnusn両親"の間から出てきているということは兄弟を指す単語なのだろう。


(兄弟を指す単語が、九個もあるのか……?)


 カリアホを指して、インリニアは"viojunsarkh"と言った。カリアホより自分の方が年上に見えるだろうし、日本語で考えるなら「妹」と考えられるが、リパライン語の言語文化的にその単語が「妹」を含むとしても、どこまでを指すのかが良く分からない。

 そんなことを考えていると、インリニアは別の場所に"xalシャル", "kladi'aクラディア", "lircaリーサ", "lavyrlラヴュール", "xkardzシュカージュ", "falkacファルカス"と六つの単語を書いた。横には数字が振られて、またその横には"anniaアンニャ"と"julupiaユルピャ"のどちらかの単語が書かれていた。

 "xalシャル"は"xalijaシャリヤ"に似ている。横の数字は年齢として、これらは名前と年齢と性別を表しているのかもしれない。


 インリニアは、それらの情報を丸で囲んで、先程書いた親族名詞の図と同じように上に"vioj"と書き足した。

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